小学生でスイカを栽培して販売
都市近郊農業で直販
小規模農家ならではの戦略
今回インタビューした農家は、神奈川県海老名市の市川農園代表の市川晋(いちかわ しん)さんです。
住宅街やマンションに囲まれた農地で果樹や野菜などを栽培されていて、ほぼ直販で農作物を売り切っています。
農業系企業を辞めて親元(祖父母元)就農された市川さんに、就農した経緯や都市近郊農業の戦略について取材しました!
農業は好きだったが、兼業農家ということがコンプレックスに
市川さんはどのような学生時代を過ごされましたか?
幼い頃から農業をしている祖母を見て育ったので、畑に出るのが大好きな少年でした。
農業好きが高じて、小学5年生の時に祖母のマネをしてスイカを10玉ほど作って軒先で販売したこともあります。
自分で作ったスイカがお客様に買ってもらえた時の嬉しさが、今でも鮮明に思い返せるほど印象に残っています。
今振り返れば、スイカの軒先販売が自分の農業の原体験でしたね。
小学生でスイカを自分で栽培!?
素晴らしい才能ですね……。
その後はどのような進路に進まれましたか?
農業が楽しいとはずっと感じていたのですが、両親は外で働く兼業農家でしたから、農業だけで生計を立てていくのは難しいとも考えていました。
実際父親は農業で生計が立てられないと考えて外に働きに出ているわけですし、祖母からも「農業で食っていくのは無理だから、いい会社に入りなさい。」と言われていました。
だから私も将来は農家になれなくても、農業系の会社か県の普及指導員になりたいなと思い、農学部の大学院まで進学しました。
大学院の卒業後は、どのような会社に就職されたのですか?
有機栽培野菜の流通会社に就職して、自分は主に物流センターで仕分けや発送業務に携わっていました。
農業に関わる仕事に就けたことは嬉しかったですし、仕事のやりがいもあったのですが……
自分の考えと会社の方針のズレが段々と大きくなり、日々の業務に納得出来ずストレスが溜まることが多くなりました。
具体的にどのようなことに会社とのズレがあったのですか?
一つ例を挙げるとすれば、お客様への値引き対応ですかね。
野菜セットを新規で契約してくださるお客様には値引きキャンペーンをしているのに、会員になってリピートしてくださるお客様には特に優遇はなかったことに、
「何度もリピートしてくださるお客様こそ大事にすべきじゃないのか?」と、私は疑問が消えませんでした。
うーん……、まあ新規顧客の獲得は会社にとっては重大ですけど、個人としてはもやもやするかもしれませんね。
そこから会社を辞めて、就農に至ったきっかけはあったのですか?
会社勤めと同時に、週末には実家の柿の剪定をして、SNSにも発信したりしていました。
そうすると、お客様が私の投稿を見て柿を買いに来てくださるんですよ!
しかも「おいしいからまた買うわ!」と直接言ってもらえるのが心に響いたんです。
・「都市部の小規模農家でも、戦い方によっては勝てるんじゃないか?」
・「自分の農業の原体験は、作物を作ってお客様に喜んでもらったことじゃなかったのか?」
・「電話やメールで来るクレーム対応よりも、直接お客様の声を聞ける働き方のほうが自分には向いているんじゃないか?」
もう気持ちは就農に向かって走り出してしまったので、2018年12月に会社を辞めて、2019年1月に実家に戻って専業農家になりました。
自分の気持ちに従って、農業への一歩を踏み出したわけですね!
会社を辞めてすぐに就農ということですが、農業研修や農業大学校に通うことは考えなかったのですか?
たしかに研修や農業大学校を経てから、就農することが基本だと理解はしていました。
ただ自分は栽培の基礎に関しては祖母から教わっていましたし、学生時代に色々な書物を読んだりして下地のようなものはできていました。
なのでどこかで学ぶよりも、実際に栽培を始めて失敗しながらも経営を回していきたいという気持ちが強くありました。
なるほど。
市川さんが会社を辞めて専業農家になると決めた時の、周囲の反応はどうでしたか?
外で働いている両親や祖母には心配されましたが、就農に対して反対はされませんでした。
妻にも「私も働いていて収入がなくなることはないから、農業頑張ってみたら?」
と言ってもらえました。
「これからは兼業ではなく専業農家になるわけだから、しっかり農業で生計を立てないと!」
と、責任感と充実感を感じながら農業に取り組んできて、現在に至ります。
都市近郊農業ならではの栽培
市川農園さんの、現在の栽培作物や労働力を教えてください。
柿が10a、ブルーベリー観光農園が10a、イチジクが10a、露地野菜が30a、米が40aです。
労働力は、果樹は主に私が担当していて、露地野菜と米は父親が主に栽培しています。
後は時間がある時に、祖母と母親が手伝ってくれていますね。
市川農園さんの栽培のこだわりはありますか?
やはり消費者が近くにいるというメリットを活かした、鮮度のいい作物を提供していることです。
例えばトウモロコシやイチジクは、早朝に収穫したら軒先販売する9時まではプレハブ冷蔵庫に即入れておきます。
ブルーベリーは摘み取り体験形式で、最寄りの駅から歩いてこれる所にあるので、完熟の美味しい状態のブルーベリーが提供できます。
採れたてのおいしい作物をすぐに販売できているので、「こんなにおいしい野菜や果実は初めて食べた!」とお客様に喜んでもらえますね。
市川さんが就農してから始めた作物はなんですか?
老木になった梨をやめて、イチジク栽培とブルーベリーの観光農園を始めました。
やはり競合農家が近くにはいないという特徴を活かした栽培、完熟で美味しい作物を考えていたので、イチジクとブルーベリーを選択しましたね。
苗代と防風防鳥ネットなど込みで、400万円くらいの初期投資だったと思います。
ブルーベリーの観光農園は、駅から歩いてこれる所にお客様がたくさんいますし、
棚持ちが短いイチジクは完熟ではスーパーには並ばないので、他の産地のイチジクとは違う味が提供できていると自負しています。
たしかに畑の近くにお客様が多くいれば、完熟採れたての状態で売れますね!
でも隣にマンションや住宅街があるような都市部だと、農作業をする上で苦労も多いのではないですか?
おっしゃる通り、都市近郊農業ならではの苦労はあります。
・土日には家で人が休んでいるので、作業音が出るトラクターは避ける。
・消毒も本当は朝やりたいが、出勤時間や通学時間と重なるので、念のため時間をずらすなどの配慮をする。
本当は周囲の人を気にせずに作業できれば効率はいいのでしょうけど、都市部の農業だから仕方がないことだと割り切っていますね。
なるほどたしかに、農村部よりも周囲に対する配慮は必要になるでしょうね。
あとは失敗談もお聞きしたいのですが、栽培面での失敗はありましたか?
失敗はしょっちゅうしていますよ(笑)。
パッと思いつく失敗と言えば、イチジクとブルーベリーを導入する時に、品種を幅広く揃えすぎたことですかね。
色々な品種を食べ比べてもらいたいという気持ちで、ブルーベリーは合計35種類、イチジクは4種類を導入したのですが……。
やはり栽培効率やお客様の評価などがいい品種に絞っておけば良かったと思っています。
ですから数年先を見据えた改善として、ブルーベリーは苗を準備していて、成木になったら入れ替える予定です。
果物や観光農園は品種を多く栽培しているイメージがありました!
やはり品種の数も、それぞれの農家で適正数が違うんですね!
軒先販売と様々な取り組み
現在の販路はどんな感じですか?
ネット販売も一部していますが、ありがたいことに軒先販売でほぼ売り切れています!
「JAに頼らないのはすごい!」とよく言ってもらえますけど……
JA出荷を利用しないのではなく、小さな規模なので自分で売るしかないというのが正確です。
それでも直売でほぼ完売してしまうのは素晴らしいですね!
あと市川さんは栽培や販売以外にも、様々な取り組みをされていると聞きました。
そうですね、他の農家がしないような取り組みもしています。
一つは、公式LINEでサポーター会員制度を運用しています。
会員限定のイベントや、主力商品のトウモロコシやイチジクなどの人気商品の取り置きサービスなどを行っています。
あとは2025年から、庭木果樹のお手入れサービスを始めます。
お家の庭で自分で育てた果実が収穫できた時の喜びは、何物にも代えがたいですよね!
プロの果樹農家として、美味しい果実を収穫できるサポートをできれば嬉しいなと思っています。
こういったお客様と密にコミュニケーションが取れるのも、小規模農家の強みだと考えています。
素敵な取り組みですね!
あとは、直近の大きな目標はありますか?
おかげさまで今の農園直売所が手狭になってきたので、小屋を建てて無人販売所をリニューアルする予定です。
直売所横にレストスペースも設けて、将来は当園自慢の果物をふんだんに使ったパフェを提供できるフルーツパーラーの開業が目標です!
今後の目標や就農希望者に対してのアドバイス
市川さんが幼いころに抱えていた、「小規模農家のコンプレックス」は現在は消えましたか?
正直に言えば、大規模農業への憧れはまだありますよ。
自分の周囲の土地は生産緑地の区分なので、畑にマンションがどんどん建てられていくのは自分ではどうしようもないことです……。
だけど限られた農地をマイナスに捉えるのではなく、「むしろ見込みのお客様が近くに増えるからチャンス!」とプラスに捉えるようにしています。
規模拡大はしたくてもできないので、今ある農地でしっかりと売上を立てることが、市川農園の今後の目標ですかね。
ありがとうございます。
最後に市川さんのような、都市近郊の親元就農希望者の方にアドバイスがあればお願いします。
「近所の方への挨拶と礼儀は大切に!」ということです。
畑を通り過ぎるだけの方も、自分のことを見ていないようで見ているんです!
挨拶や日々真面目に農業をしている姿を見て、直売所にご来店される方も増えましたね。
今まで買ってくれなかったご近所の方に、「美味しかったよ!」と声をかけられた時は、嬉しすぎて自然と涙がこぼれてきました(笑)。
こぼれ話:無人軒先販売の盗難対策
無人販売をされているということですが、やっぱり盗難被害の心配をしてしまいますね。
ご察しの通り、過去には何度か盗難被害に遭っています。
野菜や果物、レジごと盗まれたことも……。
人手がかけられない以上、無人販売にせざるを得ないのですが、
やっぱりお金や作物を盗まれた時はショックですよ……。
それはひどい!
住宅街でも堂々と盗んでいく輩はいるんですね。
市川さんは盗難に対しては、どう対策をされていますか?
盗みづらい場所への直売所の移動とか、色々ありますけど……。
何より一番の盗難対策は、午前中に売り切ってしまえるほどおいしい作物を作ることです!
うちはスーパーより安くない価格設定ですが、それでも市川農園の農産物を買ってくださる、質のいいお客様が近くにたくさんいます。
お客様の層を含めた市川農園の雰囲気作りが、そのまま盗難対策として有効だと最近気づきました。
なるほど!盗られる前に売り切ってしまう作戦ですか!
地域に認められるほどおいしい作物を育てることが、そのまま盗難対策になるのは参考にしたいですね!
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