第三者承継で富山県高岡市の牧場を引き継ぐ
牛たちの健康を考えた牛舎と飼料
百年先まで酪農があり続けるための経営
富山県高岡市の㈱clover farm代表の青沼光(あおぬま あきら)さんに、新規就農までの経緯や、地域に貢献するための酪農スタイルなどを伺いました!
就農経緯:TVで見た放牧風景に憧れて、酪農の道へ
管理人青沼さんはどんな学生でしたか?



私は広島県広島市の、周りに畑もない所のサラリーマンの家庭で育ちました。
朝~夜まで働きに出る両親を見ていて、自分の将来の働き方や生き方を考えるようになりました。



中学2年生の時に、たまたまTVで乳牛の放牧風景を見て、
「自然の中で、牛たちと生活する仕事があるのか!」
と、酪農家の生き方に憧れたんです。
両親とも相談して承諾を得て、地元の農業高校の畜産科に進学しました。



のびのびと牧草を食む牛たちや、牧歌的な所に憧れたんですね!



ただ農業高校では、農業の牧歌的なイメージはすぐに打ち砕かれました(笑)。
20㎏以上ある牧草を運んだり、600㎏以上の牛たちを引くのは、肉体的にかなりきつかったです。
ただ肉体労働にも慣れてきたら、仕事としての酪農の輪郭が見えてきて、面白みを感じました。
「草を食べて肉やミルクを生み出せる牛は、可能性ややりがいがある!将来は牧場主になろう!」
と進路を定め、高校の先生からの紹介もあり、新潟大学農学部に進学しました。



酪農の経営者になるために、大学に進学されたのですね。



そうですね。
経営に関してはまだまだ勉強不足でしたし、酪農はゼロから始めると、初期投資が1億は下らないほど高いんですよ!
当時は第三者承継という方法を知らなかったので、後継者として牧場に就職するのが現実的だと考えていました。
だから大学在学中に後継者を募集している牧場に面談に行き、大学卒業後は長野県の牧場に勤めることにしました。



たしかに牛や牛舎をゼロから新品で揃えると、1億円以上するイメージはありますね。
後継者として、牧場を引き継いで経営者になるルートを選択されたのですね。
就農経緯:雇用就農時での挫折→富山県高岡市で新規就農



長野県での雇用就農はどうでしたか?



志高く就農したはずでしたが、ひどく挫折してしまいました。
慣れない山奥での生活や、仕事としての酪農、色々なストレスや焦りもあり、牧場主と衝突する時もありました。
「一部放牧を取り入れたらどうか?」などの改善も提案しましたが、却下されました。
まずは生活と仕事に慣れろという牧場主の判断は当然でしたし、今振り返れば、若気の至りだったとも思います。



いっそのこと独立して放牧酪農を始めることも考えましたが、経験や資金不足から踏み出せず…。
理想とのギャップが大きくなり心が折れて、2年で牧場へ退職願を出しました。
後継者として就職しながら、牛たちの世話を放棄してしまった罪悪感…。
私はもう、酪農に携わるべきではないとも考えましたね。



命を扱う酪農だからこそ、精神的にも追い詰められていたのですね。



ふさぎ込んだ私も見かねてか、富山県の大学時代の友人が、
「知識と経験がある奴が、酪農を辞めるのはもったいない。」
と、富山県の牧場を紹介してくれたんです。
2010年から働き始めた富山県の牧場では、1年目から私の改善案が通り、2年目から牛舎長も任せてもらえるようになりました。
一度は挫折した私でしたが、酪農家としての自信が戻ってきましたね。



友人の方に救ってもらったのですね。



そしてありがたいことに、同じ牧場で働いていた妻とも結婚して、子どもを授かりました。
「富山県で定住して、夢だった牧場主を目指そう。」
と考えて、富山県での第三者承継を視野に、富山県の農政課や普及センターにも相談に行きました。



富山県で居を構えて、牧場を探すことにしたのですね。
農地や牧場は、すぐに見つかったのですか?



いえ、富山県には牧場を第三者承継するという事例もなく、牧場探しは難航しました。
2014年にようやく、地域の農家からの紹介で、
「高齢で離農を考えていて、建物や牛も譲りたい。」
という、契約条件に納得できる方に出会えたんです。



条件の合う方と引き合えたのですね!
でも、タダで全てを譲り受けられるわけではないですよね?
資金面はどうやって工面されたのですか?



認定新規就農者になり、青年等就農資金の融資3700万円を借り入れて工面しました。
・牛舎や牛たちの買い取り
・ホイールローダーなどの中古の購入
・放牧するために周辺農地を購入
に充てました。



満額の融資を受けたのですね。
それでもやっぱり、酪農は初期投資がかかりますね…。



初期投資を抑えるために、育成牛舎や乾乳牛舎、放牧地などはDIYで改築して。
急ピッチで契約の手続きを進めて、2015年に念願だった独立をしました!
独立初日の朝の搾乳は、緊張で手が震えていましたね(笑)。


飼育:地域に貢献するための酪農経営の改善



では現在の㈱clover farmの飼育はどんな感じですか?



乳牛が100頭、乾乳(出産が終わり、休ませている牛)が10頭、子牛が60頭ほどです。
私と社員3名、技能実習生2名で仕事をしています。



一気に頭数がかなり増えましたね!
順調に拡大してきたのですね。



いや、酪農情勢は厳しく、全く計画通りではなかったです。
・就農直後の子牛価格の高騰
・コロナ渦の牛乳余り
・飼料代は10年前と比べて約2倍
「生乳を絞れば絞るだけ赤字。」という、酪農全体が危機に直面した時期もあります。
しかし耐えているだけでは状況は変わらないですから、逆境の中でも、牛舎への投資や飼育の改善を続けてきたんです。
①廃用牛の再生利用で子牛を増やす



具体的には、どのような改革をしたのですか?



まず独立直後から取り組んだのは、子牛の頭数を増やすことです。
やはり損益分岐点を考慮すると、初期投資をしている分、ある程度の乳牛頭数でないと、利益が出ないのは明白でしたから。
しかし当時は子牛価格が高騰していて、子牛を買い揃える資金はなかったんです。
だから廃用牛を20万円前後で安く買って、受胎させることにしました。



なるほど、母牛たちを買い取って、子牛を増やしたのですね。
でも、ベテラン酪農家たちが受胎を諦めた牛たちですよね?
再生させる自信があったのですか?



私は大学時代に繁殖の研究をしていた知見から、廃用牛の再生利用は可能と判断しました。
出産後の母牛には、大豆を中心とした高タンパクの餌を与えるのが一般的だったのですが、
私は牧草と穀類を中心に、エネルギーの充足を徹底し、地域から出る野菜くずも配合して、種類を多く与えています。
栄養バランスを整えることで、体調が回復して、受胎しやすくなるんです。



結果として、廃用牛41頭中の26頭が受胎できて、子牛を増やすことができました。
現在はほぼ、自社の母牛たちで繁殖を賄えています。
遺伝的にも安定して、高い乳量が期待できる牛たちになっています。



遺伝でも乳量が分かるんですか!
酪農でも、栄養バランスや受胎率など、データ解析が進んでいるのですね。
②地域の未利用資源、自社生産の牧草やWCS、地域農家との耕畜連携



飼料に関しては2023年からは、自社でも牧草やWCS(葉ごと収穫してロール状にした発酵飼料米)を生産しています。
他にも高岡市内の工場から出るおからや、スプラウトくずなど、未利用資源も買い取って与えています。



自社生産の飼料、そして地域から出る副産物も!
やっぱり輸入飼料の高騰が、地域資源の餌に移ったきっかけですか?



もちろん飼料価格の高騰もありますが、牛を介することで、地域農業の多様な発展にも寄与できるんです。
捨てられていた副産物を企業から買い取れば、地域経済にも好影響ですよね。
それに稲作農家の田んぼに牛糞堆肥を戻せば、稲わらともみ殻が手に入ります。



なるほど、耕畜連携!
地域内でいい循環が生まれているのですね!
牛舎と堆肥舎を増設、新築



あとはやっぱり2023年に、新牛舎と堆肥舎の建設に、総工費3億円を超える投資をしました。
元々の牛舎は買い取った時点で築50年以上でしたし、頭数拡大や地域貢献のための取り組みのためにも、牛舎と堆肥舎の建設は必要不可欠でしたから。



総工費3億円…、重大な投資ですね。
その牛舎や堆肥舎には、こだわりがあるのですか?



新牛舎は「コンポストバーン」という、柵で繋ぎ止めるのではなく、牛たちが自由に動き回れる牛舎にしました。
寝床には藁やもみ殻を敷き重ねていって、牛糞は寝床ごと自然に発酵させます。



発酵床は、朝の搾乳後に放牧させている時に、新築した堆肥舎に送られます。
エアレーション(乾燥空調)で素早く乾燥、堆肥化させて、匂いを外部になるべく漏らさない工夫をしています。



牛たちが自由に動ける牛舎ですか!
でも、自由に動き回れるというのは、牛の病気発見や健康管理が大変になりませんか?



むしろ逆で、牛たちがストレスなく動けるから、足腰が強くなって健康になるんです。
うちは富山県では2番目の頭数ですが、獣医さんを呼ぶ回数も少ないですし、年間30万円ほどの治療費で済んでいます。
もちろん1頭ずつの健康チェックは、毎日欠かさないですけどね。


酪農の価値や現状を、消費者や政治家に伝える



青沼さんは酪農教育ファームの認証も取って、酪農体験の受け入れもされていますよね。
生産以外に、発信に力を入れている理由はなんですか?



そうですね、児童や地域の方向けの酪農体験を定期的に受け入れています。
あとは富山県乳牛協会会長をはじめ、農業関係の役職にも、積極的に就くようにしています。
消費者や政治家の方に酪農の価値を外に伝えることも、大事な事ですから。



毎日の作業に加えて、生産以外の外部の活動もされているのは大変では?



たしかに、毎日の作業でなかなか外出するのも大変です(笑)。
しかしサラリーマン家庭が多い今の日本では、酪農が地域農業や経済に必要だという事実は、あまり知られてないんです。
現場の声を理解してもらい、牛乳を買ってもらうことが、乳牛たちの幸せにもつながると私は考えています。



牛の一生をより良くするためにも、発信することは大切なんですね。


目標やアドバイス:百年先まで酪農が続く未来を作る



挫折や逆境を乗り越えながら、夢だった酪農家になれたのは素晴らしいです。



たしかに夢だった酪農という生活スタイルを送れていますが、同時に命と向き合う責任も常に抱えています。
生まれて間もない子牛が原因不明で亡くなることを、私は何度か経験しました。
コロナ渦で牛乳が余って、廃棄になりかけた時期も経験しました。
牛たちの一生に報いるためにはどうすべきか。
廃用牛の再生利用も、地域資源の循環も、牛舎や堆肥舎の新築も。
全ては就農時に誓った「百年先まで酪農が続く未来」のための改革です。



百年先まで酪農が続いていくためには、牛たちの様々な役割を、もっと多くの方に知ってもらうことが私の使命だと考えています。
「牛たちを養い、牛たちに養ってもらう生活」を、私は一生続けていくつもりです。



命を扱う仕事、業を背負って生きていく覚悟。
勉強になりました。
最後に青沼さんのように、新規就農や第三者承継を志す方にアドバイスがあればお願いします。



結局私のように、諦めない人が酪農家になれています。
だから、挫折しても諦めないことが大事です。
とはいえ酪農の場合は、初期投資が負担になって、独立に悩む方もいると思います。



㈱clover farmでは他地域での第2牧場の構想もあり、将来的には独立したい方には、第三者承継で受け渡すことも視野に入れています。
もし富山県で酪農に興味がある方がいれば、まずは弊社での体験やアルバイトから入るのもいいと思いますよ。


こぼれ話:将来の6次産業化、地域の生乳量



青沼さんは、自社の生乳を使った6次産業化は考えないのですか?



たしかに牧場のミルクを使ったスイーツを販売されている酪農家もいますね。
㈱clover farmでも、取り組みに共感していただいた県内の数店舗のスイーツ店に、牛乳を直接卸しています。



ただ富山県では30軒ほどしか酪農家がおらず、県内の牛乳消費量の約6割しか賄えていないのが現状なんです。
だから販売の多角化よりも、まずは美味しい牛乳をもっと搾ることを重視しています。



なるほど、県内の生乳シェアは、まだ伸ばせる余地があるのですね。


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