何で成功したかは農家それぞれだけど、何で失敗したかには共通することがあるはずです。
失敗法則や改善策を、就農前にチェックしておいてください。
就農までの失敗
準備中
栽培の失敗
後藤さんアスパラガスは苗を植えてから本格的に採れだすまで3年かかると言われていますが、私は5年かかってしまいました。
灌水の管理や土を団粒化させる基本ができていないのに、自己流を加えてやろうとしたのが原因だと思っています。
でも…採算ベースを最低ラインに設定していたので、大幅に売上予測を下回ってショックを受けるということは少なかったですね。





野菜セットは収穫時期から逆算して、栽培のスケジュールやタスク管理できることが大前提。
ホームセンターに売っている種を一つずつ買ってきて蒔くところから始めましたが……
相当に頭が良くないとできないと察しました(笑)。





ハウス建設の融資額に気を取られ過ぎて、イニシャルコストには考えが回らず、貯金だけでは全く足りませんでした。
まだミニトマトがろくに採れないうちから、一年目の栽培の苗や肥料農薬がかかってきます。
ハウスの融資の返済は一年間の栽培が終わるまで据え置きもできると思うので、まずは一年目の頭から必要な経費をしっかり計算しないいけませんでしたね。





自分のイチゴがおいしくて買ってくれていたのではなく、ただ同情されて買ってくれていたという現実に、嫌でも気づきました。
おいしい作物を育てる栽培技術が大前提であってこそ、売り方も工夫できるんだと痛感しましたね。





パッと思いつく失敗と言えば、イチジクとブルーベリーを導入する時に、品種を幅広く揃えすぎたことですかね。
やはり栽培効率やお客様の評価などがいい品種に絞っておけば良かったと思っています。





白ネギの圃場に選択制除草剤を使用したら、白ネギが枯れてしまったり、タイミングを逃して雑草だらけにしてしまいました。
夏から秋にかけての高温も原因だと思いますが、さすがに落ち込みましたね。





就農して2,3年目の時に、今の30aの夏秋トマトを、さらに規模拡大してやろうとしたのは大失敗でしたね。
とにかく人手と時間が足りずに、管理が回らなかったのが原因です。
ハウスの行き来の時間も、無視できないくらい手痛いロスでした。





・畑仕事の時間が少なくても、時間単価は上げられる!
・単価の低い野菜や仕事をしていたら、高級車には届かない!
と、農業がお金でしか考えられなくなっていって……
その結果が、2018年の不作につながったと思います。





田んぼの排水対策が万全になるまでに、多くの時間とお金をドブに捨ててきたような気がしますね(笑)。
ネットオークションで買ったプラソイラーで硬盤破砕をして。
徐々にいい農地を見極める力もついてきてから、栽培が安定するようになりましたね。





暑さと雨が極端に少ないという天候不順で、サツマイモの収量を相当落としてしまいました。
例年通りの作業をするだけではなく、当たり前の事ですが作物をしっかり観察して水やりをまめにしたり、畝の向きや高さも工夫しないといけないという、契機になったと思っています。





就農当初は完全に農薬不使用だったので、アオムシやアブラムシなどの害虫には悩まされ続けました。
手で取るにも限界があるし、防虫ネットを張るのも一人では重労働だし……。
だから2,3年目から、一部の畑と野菜で、農薬を使う事にしました。





夏場にコナジラミが多く出てしまい、株ごとしおれてダメになって、トマトがほとんど採れないことがありました。
対策として、従業員を確保して、葉かきや誘引作業が遅れないように努めました。
トマトが見やすくなれば、病害虫の初期発見にもつながりますから。
あとは何においても、発生初期段階での農薬散布に努めました。





研修で習ったことを持ち帰って、キウイの剪定をしたのですが……、
1本1本の樹によって樹勢は違うので、教科書通りやればいいわけではなく、それぞれの樹に合わせた剪定をしないといけないんですよ。
私も次年度からは反省して、義父の剪定のやり方を観察して真似しました。





夏の暑さと雨の少なさで、トウモロコシがほとんど実入りが悪くなってしまい、ほとんど廃棄することになってしまいました。
〈夏は何も作らない〉というのが最善かもしれませんが、お客様の期待を損ねることはできないので。
出来る対策をしていく予定です。


販路の失敗



「大口の取引先と契約すれば、価格が安定するだろう。」と意気込んで、東京の飲食店や旅館に売り込みに積極的に行っていた時期もありましたが……
売り込みのための出張が多くなり、次第に茶園の栽培管理がおろそかになってしまったのが失敗でしたね。





モモを詰めすぎて、傷みやすい状況になり、届いた先でクレームになってしまったこともありました。





あ、販路に関しての失敗は一度もないですね。
「交渉決裂したり断られるのは当たり前、20件回って1件成約したら万々歳!」
という図太さは、肥料の営業で身についていますから!
とはいっても、電話や対面で売り込みをする中で、直前になって買取価格を下げてくる業者もいましたよ。
「農家を下に見てくる業者とは付き合わない。」という判断材料がもらえたと思えば、無駄に落ち込まずに済みますからね。





近所の直売所に出荷していた就農当初は、なかなか売れずに苦労していました。
それでもシェフの方に出会って、徐々に口コミが広まっていって、飲食店や個人のお客様が増えていった感じですね。





前に取引していたバイヤーとの会議の時に、空気も読まずに熱くはだ農園をPRしたりしましたが、空回りに終わりました…(笑)。
それでもあきらめずに、ある時からはだ農園のミカンをアピールするために、市場に真っ黒のデザインの箱を作って出荷したんです。





JA出荷ではなく、とにかく直販に力を入れようと、行動しまくりましたが…。
たしかに手取りは多くなったんですけど、その分手間も増えちゃって。
JAの輸送体系や価格努力もすごいなと、思い知らされましたね。
現在はリンゴを輸出する企業に多くを出荷しています。





コロナ渦やウクライナショック以降、鶏肉の需要減やエサ代高騰などで、経営に大きなダメージがありまして。
先代から引き継いだ養鶏を潰さずに守っていくためには、価格を自分で決められる販路を作ることが、重要課題だったんです。





いやいや、最初から契約が増えていったわけではありません。
商談会での成果0なんてザラにありましたし、契約が決まったにもかかわらず音信不通とかもありました。
だけど、商談は数をこなすしかないと思って。
サンプルの野菜を送って、少量からでも継続して出荷し続けたことで、取引先の信頼を得られたのではと考えています。





フレンチレストランに食べに行って、ついでにサンプルを使ってもらったり、飛び込み営業したりもしましたね。
就農当初は必死すぎて、どんな営業をしたかも覚えていません(笑)。


