子育て中の主婦を雇用した栽培体系
大失敗から農業経営を転換
PCショップ、農業の経験を活かしたデバイス事業
栃木県宇都宮市の絹島グラベル代表の長嶋智久(ながしま ともひさ)さんに、
自らの経験を活かして制作するデバイス事業や、成功談だけではない「農業のリアル」を取材しました。
就農経緯:父親のPCショップに就職→農業の世界へ
管理人長嶋さんはどんな学生でしたか?



勉強熱心…、ではなく、バンド活動に明け暮れていました。
私はギターを担当していて、大学在学中にインディーズデビューもしたんですよ。



とはいえ、バンド活動だけで生計を立てられるほど、簡単な世界ではなく。
父親がPCショップ経営と米の兼業農家だったので、大学卒業後は、父親のPCショップに就職しました。
当時から付き合っていた妻とも結婚することになり、ちゃんとした仕事に就こうと思ったんですよ。



インディーズでデビューするのも十分にすごいです!
そして大学卒業後に、ご結婚もされたのですね!
PCショップでは、どのような仕事をされてきたのですか?



PCの修理や組み立て、接客などが主な仕事でした。
6年間で1000台以上は、部品を組み立ててPCを販売しましたよ!
しかし2006年頃から、PCが破格の価格で売られるようになり、PC業界の将来性に不安を覚えるようになりました。
ITデバイス業界って、流行り廃りが激しい業界なんですよ。



スマホの急激な台頭もそのくらいの時期ですかね。
農業に限らず、どの業界も変化が激しいんですね…。



2人の子どもにも恵まれたので、家族を養っていくためには、PCショップから仕事を変えるべきだと考えました。
転職先として真っ先に浮かんだのが、父親が兼業としてしていた農業だったんです。
妻も農業への転職に不安はあったと思いますが、袋詰めなどの子育てしながらできることを手伝ってくれたので、感謝しています。



そういう就農経緯だったのですね。
ところで、作物はどのように決めたのですか?



兼業の米農家ではありましたが、米価格は下落し続けていたので、反収の高い施設栽培を考えていました。
色々な農家に話を聞いて回って、アスパラガスやイチゴも候補に挙がっていましたが、
・1人で黙々と作業できる
・絹島地域の砂目(グラベル)の農地に合った作物
という観点で、ハウスを建てて大玉トマトを栽培することにしたんです。



ハウスを建てた資金や、運転資金はどう工面されたのですか?



当時の市の補助金を利用して、20aのハウスを建てました。
運転資金は自己資金の数百万円に加えて、日本農業政策金融公庫から融資を受けましたね。



なるほど。
ところで、トマト栽培の研修はされなかったのですか?



研修するという考えが思いつかなかったんです(笑)。
ただJAの大玉トマト部会の先輩農家から、親切丁寧に栽培を教わることができました。
おかげで農業経営も軌道に乗り、2006年に20aから始めたトマト栽培は、57aまで拡大しました。
栽培:売上重視をやめて、子育て中の主婦の働きやすさを重視



57a、かなり規模拡大してきたのですね。



そうですね。小さな失敗はありましたが、概ね順調に規模拡大してきました。
JAをメインに大玉トマトを出荷していましたから、売上は計算できました。
就農当初の私は、買いたいスポーツカーの写真を帽子のつばの裏に貼って、「売上第一」でがむしゃらに働いていました(笑)。



買いたいもののために頑張っていたのですね(笑)。



しかしPTAや子育てで、働く母親たちの大変さを知っていくうちに、売上第一の考えに疑問を持つようになりました。
外に出て働きたいのに、家族優先のために、思うように働けない母親って多いんですよ。
「絹島グラベルの農業でも、子育て中の母親が働きやすい職場をもっと作れるのではないか?」
と強く考えるようになり、売上重視の農業経営を抜本的に見直しました。



たしかに家族を優先すると、なかなかガッツリ働ける職場はまだ少ないように感じますね。
長嶋さんは何を改善して、主婦が働きやすい職場にしたのですか?



土日祝日、長期休暇も自由に取れて、急な休みもOKというシフトにしました。
子どもの行事や体調悪化など、気軽に休める体制に変えたんです。
土日休みOKにするとなれば、月曜出荷の大玉トマトは厳しいので、ミニトマトと中玉トマトにバッサリと変えました。



土日も長期休暇もOKで、品種まで思い切って変えたのですね!
売上が減るのは明らかなので、なかなか簡単なことではなかったはずですが。



いや、売上や生産性の一部を割り切って捨てたことで、逆に農園として様々な工夫が生まれたと思っています。
「アシガルウェア」という労務管理アプリは、そんな制約の中で生まれたアプリです。
ミニトマトの棟ごとの管理作業の進捗状況を、他の棟のパートさんに見られることなく、管理できることが特徴でして、
個々の出勤に合わせた労務管理アプリは、他人と比較するようなギスギスした働き方にはならないので、パートさんに好評でしたよ!



自社でアプリ開発までされるとは!



2025年には多様な働き方の工夫が評価されて、「GOOD ACTION AWARD」という賞を受賞しました。
子育て中の主婦の方たちと共に成長してきたので、子育て支援というのは、私たち絹島グラベルの理念になったんです。


大失敗、そして規模縮小



しかし2026年の冬に、大失敗をしてしまいました。
うちでは冬の暖房として、地下水の熱を利用した「ウォーターカーテン」をして、暖房の代わりにしているんですが……。
ウォーターカーテンのスイッチを入れ忘れて、約30aのミニトマトが全滅してしまいました…。



えっ、30aが全滅!?
とんでもない損害では!?



ミニトマトの全滅を受けて、この先半年分、数百万円の売上を失いました。
しかし売上損失以上に、4名いた主婦のパートさんたちに退職してもらうことになってしまったのは、最大の苦痛でした。



なんと…。
絹島グラベルさんが大切にしてきた主婦の方の雇用まで失ってしまったのですね。



もちろん、ニラなどの別の作物を作って当面の仕事を作ることも考えたのですが……。
経費高騰や異常気象のリスクなど、挽回できるほどの売上が計算できなかったので、雇用を維持できないという結論になったんです。
子育て支援という理念を掲げておきながら、雇用を維持できないのは、忸怩たる思いです。



うっかりミスは誰でもあることですが、それが大ダメージになってしまうのは、辛いですね。
今後の農業経営はどのように考えられているのですか?



今後数年は夫婦二人で、もう一度農業経営を作り直そうと思っています。
具体的な方針としては、
①レモンやブラッドオレンジなどの柑橘類やパプリカを栽培や直販
②農業デバイス事業の受注や増産
をしていくつもりです。
改善策①:作物転換とマルシェでの加工品の販売



パプリカや柑橘類の栽培ですか。
ミニトマト栽培とはガラッと品種を変えたのですね。



そうですね。トマトの黄化葉巻のウイルス病が抑えきれなくなっていたので、パプリカなどに転換してきたんです。
レモンなどの柑橘類の栽培は、温暖化で栽培の北限が上がってきているので、ハウス内に定植数を増やしています。



なるほど。
たしかに暖地では、柑橘類が作りにくくなっていると聞きますね。
しかしパプリカは、マイナーな作物ですよね?
どこに販売しているのですか?



その通りで、消費者に馴染みがないので、地元の道の駅では売れにくいんですよね。
だからパプリカは、主に東京の店に卸しています。
消費者がたくさんいる都会であれば、マイナー作物でも求められる店はありますから。



東京への販売ルート!
どうやって開拓したのですか?



今まではJAメインで出荷していましたが、マルシェなどに招待された時は、なるべく参加するようにしました。
絹島グラベルの名前を覚えてもらうと、リピートして買ってもらえることも増えて、取引につながったと思います。



なるほど。
顔を合わせて販売することは、やっぱり意味のあることなんですね。



そうですね。
マルシェは大変な面もありますが、色々な出会いにも恵まれますよ。
私はマルシェで広がった人脈をもとに、加工業者と知り合って、レモンの加工品なども作るようになりました。
スーパーに並べると利益が出にくい加工品も、対面であれば商品の特徴や思いも伝えられますから。


改善策②:経験を活かしたデバイス事業の増産



もう一つ力を入れたいのが、農業デバイス会社〈ノートク・バンガード・デバイス〉です。
PCショップで1000台以上PCを組み立てた経験、そして農業経験から、農業の現場で使えるデバイスの販売会社を2020年に立ち上げていたんです。
ありがたいことに、現在も農業デバイスの受注が増えているんですよ。



PC1000台以上…、ほとんど誰も到達していないような数字ですね…!
自社の労務管理アプリ以外に、どんな農業デバイスを製作されているのですか?



一番農家から要望があるのが、野菜の自販機です。
不在中でも野菜が売れる仕組みがあれば、販売機会を逃さずに済みますよね。
だから、農家が導入しやすい価格の自販機を提供していますよ。



自販機、たしかに欲しい農家は多そうですね。
軒先やハウスの入り口とか、設置したいところは私もあります…!



あとは、環境モニタリング機器も売れ筋商品です。
私もこのデバイスを使って、温度湿度や水分量を計測しています。
数値を見て、肥料と水分の管理が出来るようになりますよ。



施設栽培であれば環境を数値化して見ることは必須ですよね。
しかしモニタリング機器は、ライバルとなる商品も多いのでは?



たしかに同様のモニタリング機器は、他社からも販売されています。
しかし精密なモニタリング機器は、20万円以上や月額数千円かかる機器もあります。
弊社のデバイスは、1万円を切る価格で、買い切り型です。
0.1℃単位の精密さはありませんが、安価であれば、何か所にも設置が可能になります。



1万円を切るモニタリング機器!欲しい!
高い機器をメインに据えて、サブセンサーとして、圃場の隅とかに設置したいですね。
同じハウス内でも、場所によって温度は1度以上は違ってきますから。



まさに、サブ的に5台以上使っている農家もいますよ。
弊社の特徴としては、農家の導入コストをなるべく抑えた商品を提供していることです。
農家の負担が大きいと、なかなか導入に踏み切れませんからね。
今後は受注に対応しつつ、
・自販機のキャッシュレス対応
・モニタリング機器のWi-Fiの距離を伸ばす
など、一つずつ改良していきたいです。


目標やアドバイス:子育て支援を変わらず理念として、再起を目指す



子育て中の主婦の方に支えられて、絹島グラベルは成長してきたので、今回の失敗と規模縮小はショックでした。
しかし、人生はまだ長いです。
どんな形になるかはまだ分かりませんが、またいずれは、子育て支援ができるような事業をしたいです。



本当に、再起を期待しています!
最後に就農希望者にアドバイスがあればお願いします。



まずは適地適作、地域の推奨する作型をおすすめします。
奇をてらった作付は、経費もかかるし、栽培も販売も苦戦します。
その上で、自然や異常気象に抗わず、変化に合わせていくことが大事だと思います。
例えば地球温暖化や重油の高騰はどうしようもできないことですが、情勢によって柔軟に農業を変えていけるような経営が求められますね。



取材させていただき、ありがとうございました!




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