会社を辞めて親元就農
試行錯誤の末に完成した飛騨ジャンボなめこ
人材の育成に心血を注ぐ
今回インタビューした農家は、飛騨高山市の農事組合法人なめこファーム飛騨代表の中村朋博(なかむら ともひろ)さんです。
消費者から高い評価を得るこだわりのなめこを生産されて、全国に出荷されています。
TVでも話題になったジャンボなめこも生産されている中村さんに、就農した経緯や、なめこ栽培と直販、社長としての葛藤について取材しました!
会社を辞めて実家のきのこ園に就農
中村さんは、どのような学生時代を過ごされましたか?
明るくて人見知りしない性格でしたね。
学生の頃は、勉強よりも女の子と自転車デートする目標で頭がいっぱいでした!
まあ結局、自転車デートは叶わなかったんですけど……(笑)。
そうだったのですね(笑)。
高校を卒業されてからは、どのような進路を取ったのですか?
一番条件の良かった、地元の測量会社に就職しました。
当時は超売り手市場で、就活生が会社を選べる時代でしたからね。
経験のない高卒社員でしたから、現場ではメジャーを持って、山や道路を測って回ってました。
週末には車で日本海まで釣りに行ったり、社会人生活を満喫していましたね。
そんな楽しいサラリーマン生活を辞めて、農業をすることになったきっかけはなんでしたか?
キノコ栽培をしていた祖父がだんだんと動けなくなっていたので、1997年に測量会社を辞めて、実家の(有)飛騨きのこ園に就農しました。
祖父に持たされた退職願を、泣く泣く会社に提出しましたよ(笑)。
まあいずれは、実家のキノコ栽培を継ぐことになるだろうとは思っていましたけどね。
そこまで社会人生活をエンジョイされていたのですね。
就農する時、周囲の反応はどうでしたか?
祖父母や両親はもちろん、近所の方にも家業を継いだことを喜んでくれました。
私も幼い頃からきのこ園や近くの田んぼで遊んでいましたから、農業自体は嫌ではなかったですね。
新工場を建設してなめこの大量生産へ乗り出す
中村さんの就農当初から、なめこの生産をしていたのですか?
いえ、今でこそなめこ1本ですが、祖父母の経営していたきのこ園の時代から、栽培するキノコの種類は変わってきました。
ヒラタケの生産から始まって、設備投資をしてマイタケを並行して栽培していた時期もありました。
ヒラタケにマイタケ、おいしいですよね!
なめこ以外も作られていた時代もあったということですが、なぜ他のキノコは栽培を止めたのですか?
一言で言ってしまえば、キノコ類の単価の下落です。
1990年前後から、大手キノコ生産工場が全国でも次々と建てられて、ヒラタケやマイタケも大量生産が始まって。
特にマイタケは、栽培を始めた当初は買取価格が100グラム360円だったのが、1990年後半には100グラム40円まで落ち込みましたね。
これでは採算が合わないので、ヒラタケとマイタケからは撤退しました。
買取価格が9分の1に……。
胃が痛くなりますね……。
なめこは買取価格は保たれていたのですか?
いや、なめこの単価も栽培を始めた当初の半値ほどまで下がってきていました。
「このまま何も変えなければ、いずれ単価下落につぶされる!」
という危機感は、常にありましたね。
父親とも何度も話し合いをして、
「買取価格が下がっても採算が取れるような規模の、なめこ工場を建てるぞ!なめこを大量生産している法人はまだまだ少ないから、今が規模拡大の最後のタイミングだ!」
と腹をくくって今の工場を建設して、農事組合法人なめこファーム飛騨になったという経緯です。
そんな経緯があったのですね。
新工場の建設費用って、おいくらくらいだったのですか?
中の設備も含めると、3億円は下らなかったですね。
当然融資を受けないと払えない額ですし、キノコの単価の不透明さもあって、返済ができるかは難しい問題でした。
ただ研究熱心な父の技術と人脈で、役場の方をはじめ多くの方に尽力していただいて、建設に至りました。
今でも時々父とは意見がぶつかることもありますけど、父のキノコ栽培に関しての情熱と技術に関しては尊敬していますね。
3億円以上も借りられるのは、人材や栽培技術が優秀ということですよね!
農業経営を左右する決断だったと思います。
新工場建設を経験して、私も結婚して家族ができたこともあり、なめこ栽培に一層責任感が増しました。
・社員の方に教えるために、当然全てのなめこ栽培工程を完璧に把握したり、
・なめこ栽培に関わる機械の構造や修理も勉強したり、
・山に登って季節のきのこを観察研究したり、
なめこの栽培に関する知識は、誰にも負けませんよ!
低温熟成のなめこ栽培とジャンボなめこの開発
なめこの出荷量や労働力はどのくらいですか?
2400㎡の工場で周年栽培しており、ビン栽培で一日1500㎏のなめこを収穫しています。
労働力は現在、会長含む役員が4名、正社員が6名、パートさんが20名です。
一日1500㎏、合計30名!
農業全体でみても、かなり大きな法人ですね!
なめこ1本ということですが、なめこ栽培のこだわりはありますか?
まずは、なめこ栽培の原料です。
うちでは飛騨地方の木から作ったおが粉の菌床を使い、飛騨の山々に磨かれた澄んだ水を使用しています。
「こんなおいしいなめこ、食べたことない!」と、消費者の方から高評価をいただいています。
あとはJGAP認証も取得しており、定期的な材料やなめこの品質検査も欠かしません。
全国のなめこ工場でも、JGAPを導入している所は少ないと思いますよ。
消費者の方からも好評なのですね!
でも素人意見なのですが、きのこの工場生産は温度湿度などの環境を管理していて、栽培に差がつかないと思ってしまうのですが……。
飛騨産の材料以外にも、差別化ポイントがあるのですか?
たしかに環境を管理することで、一定品質以上のなめこは栽培できます。
それにプラスして、他社のなめこ栽培と違う所は、低温熟成しているということですかね。
なめこは晩秋に生えるきのこなので、通常15度前後の温度設定で収穫するところが多いと思いますが、
うちでは年中15度よりももっと低い温度で、段階的に温度管理をしています。
低温熟成で約81日かけて栽培することにより、風味が強いなめこになっているはずです。
夏でも15度以下ということですか!?
す、すごい…。
でも冷房を使ってじっくり栽培するということは、いろいろなコストが余計にかかるということですよね?
ご想像のとおりで、低温熟成は通常の栽培よりもコストがかかります。
栽培日数が長くかかるので、その分のスペースが必要になりますし、
何といっても冷やす電気代がバカになりません!
うちでは常時70万本のなめこストックがありますが、各ビンから発酵熱が出るので、冬でも冷房が欠かせないんです。
夏なんかは1か月で、電気代は200万円に到達することもあります。
だから他の農家さんや他社さんは、マネしようとも思ってないでしょうね(笑)。
なめこ栽培にはどうしても冷房が必要なので、電気代の高騰に耐えられずに辞めていく農家も多いんですよ。
ひえっ、月の電気代が200万円!
施設内よりも寒気がする金額ですね……。
中村さんはどのような電気代対策を取っているのですか?
2025年6月の稼働を目標に、工場の屋根に太陽光パネルを設置する予定です。
屋根への直射を避ける意味合いもあり、電気の基本料金を抑えられることを期待しています。
この先も電気代は大きく下がらないでしょうから、電気代に関しては有効な対策があれば、これからも投資していくでしょうね。
こだわっている分、苦労は多いのですね。
あとは失敗談も聞きたいのですが、なめこ栽培で一番失敗したことはなんですか?
失敗したことと言えば、印象に残っているのは「飛騨ジャンボなめこ」の開発過程ですね。
他のなめこ産地がすでに栽培していた大粒なめこを、弊社にも生産してくれないかというお話をいただいたのがきっかけです。
大粒なめこに関しては後発組でしたが、大粒にする技術などは当然公開されておらず、
父と一緒に、手探りで研究を始めました。
大粒のなめこ開発かあ。
これも素人意見ですが、野菜は間引けば大きくなるので、なめこも種菌を減らせば大粒になるんですかね?
残念ながら、「種菌の量を少なくすれば大粒のなめこになる」というような簡単な答えではありませんでした。
生産技術に関しては企業秘密なので、言えることがないのですが……、
ジャンボなめこに取りかかった最初の頃は、きれいに芽が出なかったり失敗続きでしたよ。
それでもジャンボなめこの開発は、つらいという気持ちよりも、ワクワクのほうが強かったです!
「どうやったら大粒でおいしいなめこを生産できるのだろう?」
という感じで!
約3年の試行錯誤の末に、ようやく飛騨ジャンボなめこの安定生産が可能になりました。
大粒な分、通常のなめこよりも、噛んだ瞬間の風味が全然違いますし、天ぷらにしてもおいしいですよ!
なめこの天ぷらですか!
ジャンボなめこならではの食べ方ですね!
正直なめこが主役の料理を食べたことがないので、試したくなってきました。
大手スーパーやECサイトでなめこを販売
現在の販路はどんな感じですか?
大手スーパー3社への出荷が7割で、あとは地元市場や関西生協、全国のショッピングモールの直売所ですね。
以前は全てのなめこを、JAに出荷していました。
ただ厳しい情勢の中、キノコの買取価格を自社で決められるようにと、私もスーパーに営業に行った結果です。
ほぼ全てのなめこをなめこファーム飛騨さんの名前で売られているのですね。
あとは産直ECサイトでも販売されていますが、ECサイトを使わなくても、売り先はすでに確保されているのでは?
たしかに自ら販路は開拓しましたし、ネットで販売しなくてもなめこは余りません。
ただ産直ECサイトに関しては、販売はもちろんのこと、全国の消費者の方への宣伝の意味合いもあります。
やはり消費者の方や飲食店の方から、直接意見をいただけるのがありがたいですからね。
産直ECサイトの口コミなどで、徐々にジャンボなめこの認知度も高まっているのを実感しています。
ジャンボなめこを使いたいと、言ってもらえる飲食店も増えていますね。
販路に関して、注意していることはありますか?
なめこは輸送中に冷蔵でないと劣化しますから、コスト削減も考えますが、輸送中の冷温の維持のためのコストは惜しみません。
どこに出荷するにせよ、コールドチェーンがしっかり確保することは意識しています。
私の家に冬でもクール便で届いたのは、理由があるのですね!
販路に関して、今後の課題や目標はありますか?
やはり春夏の時期の、なめこの売り込みですね。
弊社のなめこの品質の良さもあり、季節の秋冬は需要が高いのですが、
暖かい時期はなめこのイメージが薄いからか、消費者の方に手に取ってもらいにくいと感じています。
ですから今後はスーパーとの交渉だけではなく、SNSでなめこに関するレシピなどの発信などをさらにしていきたいと考えています。
今後の目標や就農希望者に対してのアドバイス
栽培に販路に経営に。
社員30名の法人の社長は、考えていることの量やレベルが違いますね!
いやいや!
2024年に私が代表に就任しましたけど、私もなめこファーム飛騨も、まだまだ課題は多いですよ。
特に一番の課題は、どの企業もそうだと思いますが、人材の育成と確保です。
昭和の時代のように、ただ社員に押し付けるだけの経営では成り立ちません。
「品質のいいなめこを全国に届ける」というベクトルは会社全体で揃えながらも、社員教育や福利厚生も含めて、私がいなくても仕事が回るような体制を作っていきたいですね。
作物を育てるのはもちろんのこと、人を育てるのも農業の大切な要素なんですね。
参考になります。
最後に中村さんのような、親元就農希望者にアドバイスがあればお願いします。
全ての作物に当てはまるわけではないでしょうけど……、
こだわりを持って、付加価値のある作物を栽培することもいいのではないでしょうか?
私は幾度もキノコ類の買取価格の下落に苦しんできましたから、どこにでもある品質のものは価格競争の波に飲み込まれてしまいます。
取材させていただき、ありがとうございました!
こぼれ話:某有名女優がテレビで絶賛した反響は?
飛騨ジャンボなめこは、メディアにも取り上げられていますよね!
特に人気番組で、某有名女優さんが絶賛した時は反響が大きかったのでは?
そうですね、反響は大きかったです!
ジャンボなめこがテレビで取り上げられることは事前に知らなかったので、放送直後に知人からのラインがたくさん来ましたよ(笑)。
会社にも問い合わせがたくさんあり、一時的になめこの注文が増えました。
すごい!
やっぱりテレビの影響力は圧倒的ですね!
取り上げていただいた番組制作者さんや女優さんには、大変感謝しております。
ただ瞬間的な反響はすごかったですが、1週間も経てば通常の注文数に戻りました。
有名人の方の発信も当然嬉しいですが、消費者の方の声も同じくらい嬉しいですし、
口コミが積み重なって認知度につながっているんだと再確認しましたね。
なるほど、メディアでの宣伝効果は一時的なものだったのですね。
やはりコツコツ一人一人の消費者の評価を得ていくことが大切なんですね。
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