台風被害に立ち向かう父に胸を打たれて農業の道へ。親元就農したミニトマト農家の、農業経営の改革。

記事の内容

北海道余市町で実家の農業を継ぐ

ミニトマトを中心に、スナップエンドウやブドウも栽培

高級路線のミニトマトジュースの開発秘話

北海道余市町の川合秀一(かわあい ひでかず)さんに、

就農した経緯や栽培や販路で改革したことを伺いました!

目次

就農経緯:部会を鼓舞した父の姿勢に感化されて農家になる

管理人

川合さんは実家が農家と言うことですが、子どもの頃の農業のイメージはどうでしたか?

川合さん

まあ私は農家の長男でしたが、ぶっちゃけ農業は嫌いでした。
夜にミニトマトの段ボール折りをしたり、夏休みに手伝わされて、友達と遊ぶ時間が少なかったですから。
農家になんてなるものかと、反発していた時期もありましたね。

管理人

農家の息子が、農業を継ぎたくないというのは、良くある話ですね。
一転して農業に興味を持ったのは、理由があるのですか?

川合さん

私が高校生の時に、台風の吹き返しで、余市町の農業が大ダメージを受けたんです。
うちも9割以上、30棟以上のビニールハウスが全壊して、ミニトマトはほぼ全滅してしまいました。
私も学校を公欠扱いになり、実家の農業を手伝ってはいましたが。母親は台風被害のショックで寝込んでしまいましたね。

管理人

地域全体が壊滅的なダメージを負った台風だったんですね…。

川合さん

ただそんな逆境の中で、当時の部会長だった父が、
「一度の災害で負けていてはダメだ!待ってくれているお客さんのためにも、一粒でも一箱いいから出荷していこう!」
と部会員の前で鼓舞したんです。
うちも被害を受けている中でも、部会を引っ張る姿にシビれましたね!
かっこいい農家の父の姿を見て、私も農家になろうと思いました。

管理人

父親の力強い姿勢に憧れて、農業を継ぐ決心ができたのですね。
高校卒業後は、どのような進路を取られたのですか?

川合さん

まずは農業の知識がないとダメだということで、茨城県の農業の短期大学に進学しました。
農業全般の勉強や、重機や大特免許を取得した後、2011年に北海道余市町に戻って親元就農しました。

管理人

いきなり就農ではなく、進学して農業を学ばれたのですね。
本格的に農業が仕事になった時に、不安はありましたか?

川合さん

不安はなかったですね。
子どもの頃は嫌々手伝っていましたけど、いざ仕事として農業をしてみると、
「この資材や管理が、2週間後にこうやってつながるんだ!」
と、ロジカルに結果が出ることが面白かったんです!

管理人

努力の成果が目に見えて分かるのは、農業の特徴かもしれませんね。

川合さん

そうですね。
2020年4月には、(有)カワイの代表を引き継ぎました。
そして「代々初代」という座右の銘に則り、栽培や販路に関して、引き継ぐべき所と改革するべき所を決めて実行していきました。

ミニトマトの誘引作業をする川合さん

栽培:引き継いだ反収を上げる技術と、変えた秋口の管理

管理人

現在の栽培や労働力はどんな感じですか?

川合さん

43棟のビニールハウス約1.3haで、4月~霜が降りる10月末まで栽培をしています。
ミニトマトを中心に、スナップエンドウや、露地のブドウも栽培していますよ。
労働力は役員が私を含めて3人、機械雇用のパートさんが2人で、外国人実習生も雇用する予定です。

管理人

代々初代で、引き継いだ栽培のこだわりはありますか?

川合さん

引き継いだ栽培のこだわりは、当たり前のことではありますが、高収量を採る計画を立てることです。
うちは反収8t以上のミニトマトを採ることを目標に、
・出荷箱数や売上
・JAの手数料
・種苗肥料などの経費
などを、作付前に計画してから、栽培に取り掛かります。
計画を事前に建てることで、栽培を逆算して考えられていますね。

管理人

毎年同じような栽培だとしても、事前に栽培計画を立てることが大事なんですね。
では、川合さんが変革したことは何ですか?

川合さん

変えたことは、9月以降の栽培管理です。
高収量は父親の代から採れてはいたのですが、9月になるとなり疲れが起きて、裂果や着色不良が増えてしまうのが課題だったんです。
私は根の張りに改善余地があると仮説を立てて、エビデンスのある資材や水管理の徹底をしました。
現在では管理がバチッとハマって、品質の低下もほとんどなく、売上や利益も伸ばせています。

管理人

高収量と品質を両立させるのは難しいと思うので、すごいですね!
ただ技術を確立させるまでには、手痛い失敗もあったのでは?

川合さん

そうですね、失敗はたくさんしました。
特にCEC(保肥力の指標)の高い泥炭の土質だからと、減肥をしたのは大失敗でした。
グリーンバック果(ヘタ付近が緑のミニトマト)が減って、品質も上がると思ったんですが……。
実を生らせ続けるだけの樹勢がなくなったのか、ミニトマトの反収は6tまで落ちてしまいました。
長年栽培してきた、父親の栽培技術を土台にすべきだと痛感しましたね。

管理人

その土地の特性を長年見てきた人でないと、分からないことはあるのですね。
あとは、高温対策を伺いたいです。
どの農家さんも苦戦している猛暑に対して、川合さんはどのような対策をしていますか?

川合さん

たしかに近年の北海道でも、夏場の暑さで花が落ちたり、色付きが悪くなったりしますね。
私の場合は遮光シートを、部会の推奨よりも早めの、6月末からかけています。
あとは動噴で葉面散布して、気化熱でミニトマトの温度を冷やすことも試していますね。

管理人

葉面散布の気化熱で冷やす!?
初めて聞きました、さすがのアイディアですね。

白根がびっしり生えたミニトマトの株

販路:JA出荷は変えず、新たな規格のミニトマトジュースを開発

管理人

現在の販路はどんな感じですか?

川合さん

ミニトマトはJA出荷が95%以上です。
JA出荷メインというのは、この先も変えるつもりはありません。
「余市町のミニトマト」という、産地の信頼を築いてくれた先輩農家たちの積み重ねがあってこそ、今もJAに出荷できているわけなので。

管理人

たしかに。JA出荷して精算できるのも、先人たちが販売先の信頼を得たからですよね。
では逆に、販路に関して変えていったことはなんですか?

川合さん

1ℓのミニトマトジュースは以前から販売していたのですが、新たに180mlビンの、高級路線のミニトマトジュースを開発しました。
観光名所である〈ニッカウヰスキー蒸留所〉のお土産コーナーで、
「1本2万円近くの酒もある中で、1000円のトマトジュースがあれば、手に取ってもらえるのでは?」
と考えたのです。

管理人

小瓶の規格のミニトマトジュースですか。
でも小分けする分、在庫の数は増えますし、割高になるのでは?

川合さん

たしかに「そんな高い値段のジュースが売れるわけないだろ!」
と周りからは言われていましたし、価格に見合う味が出せなければ売れないというプレッシャーはありましたね。
しかしニッカウヰスキーに並べられるジュースに仕上げられれば、孫の代までの財産になると思い、新規格の開発に取り組むことにしたんです。

管理人

なるほど。
具体的に、従来のミニトマトジュースとは違う点はなんですか?

川合さん

最大の違いは、一番味が乗った時期の、規格外ではなく秀品のミニトマトを使用していることです。
「ハネもの、規格外のミニトマトを安く売って。」
と普段から言われるのが嫌だったのもありますが、
「私の品質のミニトマトをそのままジュースに出来たら美味しいに決まってる!」
という自負はあったんですよ。

管理人

規格外を加工品に回すのではなく、秀品を加工しているのですね!

川合さん

あとは加工工場にも、鮮度や絞り具合など、細かく注文を付けさせてもらって。
味と品質が認められて、現在ではニッカウヰスキーの人気商品になっています!
ミニトマトジュースは、今後はドバイでの販売を検討しています。
私のミニトマトジュースが、世界の方々にも評価されるようになったら、最高に嬉しいですね!

プレミアムアイコジュース

目標やアドバイス:品質に妥協しないこと

管理人

これから就農をする方に、アドバイスがあればお願いします。

川合さん

もしJAに出荷するのであれば、1粒でもダメなものを出荷しないようにすることですかね。
長年の信頼の積み重ねで販売できている産地でも、等級が落ちるモノが少しでも混じってしまえば、産地の信頼を落とすことになりますから。
逆に自分が品質を上げるつもりで、栽培の努力をしていけば、いい結果につながると思いますよ。

管理人

ありがとうございます。
最後に、今後の川合さんの目標を教えてください。

川合さん

個人としては、売上1億円プレーヤーを目指したいですね。
冬に作物が栽培できない雪国で、いかに反収と売上を伸ばせるかを、常に考えたいです。

川合さん

あとは素晴らしいモノがたくさんある余市町に、ぜひ来ていただきたいです!
ミニトマトやニッカウヰスキーだけではなく、果樹も魚介も全てが美味しい地域ですからね!
私のミニトマトやジュースで、少しでも余市町に興味を持ってくれたら嬉しいです!

管理人

取材させていただき、ありがとうございました!

スナップエンドウも規模拡大中
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