内定を辞退して農業の道へ
観光農園化を目指した果樹栽培
ほぼ全てを直販で売り切る販売
今回インタビューした農家は、神奈川県小田原市のはれやか農園代表の槇紗加(まき さやか)さんです。
大学4年時に耕作放棄地に興味を持ち、内定を辞退して2023年に新規就農されました。
メディアにも多数出演されている槇さんに、就農した経緯や、栽培や販路、今後の目標などについて取材しました!
耕作放棄地への課題意識から、農業に興味を持つ

槇さんはどのような学生時代を過ごされましたか?



目立ちたがり屋で、社交的な性格だったと思います。
大学4年時に人材系のベンチャー企業から内定をいただいており、大学卒業後はそこに就職する予定でした。
だけど、「新規事業を立ち上げる部署で働きたい!」という希望が、どうやら通らなそうで……。
そのベンチャー企業で働くイメージができなくなって、卒業後の進路に悩んでいました。



企業から内定までもらっていたんですね。
そこから農業に興味を持ったきっかけはなんでしたか?



大学4年時の夏休みに、農業用ドローンの研究をしていた友人のお手伝いで、新潟の米農家さんや神奈川県の果樹農家さんなどを回る機会がありまして。
初めて意識してみる農業は新鮮に映った一方で、耕作放棄地がぽつぽつと目についたんです。
「使えそうな農地が放棄地になっていくのはもったいないなあ。非農家の私にも参入するチャンスがあるのでは?」
と思ったのが、農業に興味を持ったきっかけです。



たしかに、耕作放棄地は全国でも増えていますし、もどかしい気持ちになりますよね。



そこから耕作放棄地の課題や農家の働き方などを調べていくうちに、私も農家になりたいという気持ちが強くなっていきました。
数年間社会人経験を積むという考えもありましたが、思い切って内定を辞退させていただきました。



えっ、内定を蹴って農家を目指したのですか!?
急転直下の農業への進路変更だと思うのですが、農家になると決めた時の周囲の反応はどうでしたか?



実は家族にも、内定を辞退して農家になることを伝えてなくて……(笑)。
母はインスタグラムで、チェーンソーで木を切っている私の姿を見て、初めて娘の進路を知ったみたいです(笑)。
「勝手に内定を辞退して縁もなかった農業を始めるなんて、怒られるだろうな…。」
と心配していたのですが、実際には否定的な意見は一切なく。
むしろ家族はみんな応援してくれて、感謝しています。



家族が賛成してくれているのは、精神的にも救われますね!
そこから農家になるために、どのような進路を取ったのですか?



大学卒業後に神奈川県の農業大学校で勉強しながら、どの地域でどの作物で就農するかを検討する予定でした。
だけど、
「座学よりもまずは実際に農家で経験を積んで、地域にも顔を覚えてもらった方が、就農してからスムーズにいくのでは?」
と考えるようになりました。
そんな中で、師匠となる神奈川県小田原市の矢郷農園さんに出会いました。


矢郷農園での研修、農地の確保



矢郷農園さんは当時から、
・果物の6次産業化
・直販や農業体験
などをしており、私が目指すべき営農スタイルだと直感しました。
というのも私の場合は女性1人農業を予定していたので、
耕作規模と収量が必要な慣行農業では、体力的に立ち行かなくなることは、想像に難くなかったんです。
農業大学校の教科書代や学費も払った後でしたけど、
「矢郷農園さんで働かせて下さい!」
と即断でお願いして、2年間の農業研修の後に、小田原市で新規就農を目指すことにしました。



それにしても、農大での勉強を止めて現場での研修に切り替えるとは、なかなか珍しい決断だと思います。
矢郷農園さんでの研修で、どのようなことを学んだのですか?



果樹の剪定や収穫など、日々の農作業を一緒にさせていただきました。
栽培の知識は師匠から教わったり、自分でも農大の教科書で勉強しながら。
果樹の実際の1年間の流れや、農作業をするための筋肉がついたので、矢郷農園さんでの研修という選択は正解だったなと思いますね!



たしかに実際の農業は、教科書通りにはいかないことも多いですからね。
あとは農地の話が出ましたけど、新規就農者の方は農地探しに苦労するイメージがあります。
槇さんはすんなり農地は確保できましたか?



農地の確保は小田原市の農政課に相談したり、矢郷農園さんを通して、地元の農家や地主さんを紹介してもらったりしました。
地域の清掃活動への参加や農業研修の中で、顔を覚えてもらったこともプラスに働いたんだと思います。
ただ、すんなり借りられた綺麗な畑もあれば、耕作放棄地でジャングル化した畑もありました。
耕作放棄地は、師匠の矢郷農園さんが仲間を呼んでくれて、一緒に綺麗にしてくれました。



最初の農地が確保できてよかったですね。
独立に向けて、果樹の定植や機械設備など、初年度に購入したものはありますか?



すでに成木になっている農地もけっこう借りられたので、そこまで初期投資はしていません。
車と草刈機、スコップやハサミなどの小物を揃えたくらいですね。
たまに必要になる農機に関しては、師匠である矢郷農園さんに貸してもらったりして、2023年24歳で独立就農をスタートしました。



初期投資が低く抑えられて、不安なくスタートできたということですかね。



いや、お金の不安以上に、独りで農業をやっていく不安の方が大きかったです。
何でも頼りになる矢郷農園さんから離れて、何か問題があった時にうまく対処できるだろうかと、無性に涙が止まらなくなったこともあります。
でも独立したら泣いていても作業は進まないので、とにかくがむしゃらに働きました。
矢郷農園さんは私が独立してからも、状況を適度な距離で見守ってくれているので、精神的にも助かっています。



本当に、頼りになる師匠に巡り合えて良かったですね。


観光農園化を見据えた果樹栽培



現在のはれやか農園さんの栽培作物と労働力はどんな感じですか?



レモンが約40a、キウイフルーツが約10aです。
あとはまだ成木になっていない農地や、他の柑橘類が点在している農地もあります。
平日は基本的に私1人で、土日は旦那や親しい知人が数名手伝いに来てくれています。



小田原市と言えば、山の傾斜地にフルーツ栽培をしているイメージがありますが、
槇さんはどのように考えて、レモン栽培を選択されたのですか?



小田原の傾斜地でも美味しく育って、収穫期間も長いレモンに着目しました。
あとは夏以外の季節で何かしらの果物が収穫できるように、キウイフルーツや柑橘類などを組み合わせた作型にしています。



なるほど。
槇さんの栽培のこだわりはありますか?



レモンに関しては、農薬や化学肥料を使わずに育てていますね。
あとは「気軽に遊びに来れる農園」を目指しているので、近い将来の観光農園の本格的なオープンのために、一般の方でも手が届きやすくシンプルな樹形にしています。





低樹形にすれば、一般の女性でも手が届きやすくなりますね!
あとは失敗談も聞きたいのですが、槇さんは栽培で失敗されたことはありますか?



失敗というか、想像以上に大変だったのは、夏場の草刈りですかね。
刈っても刈ってもすぐに草は伸びるし、傾斜地で足もきついし……。
矢郷農園さんでも草刈りの作業はしていましたけど、一人で延々と草刈りするのはこんなに大変なんだと痛感しました。
草刈りが間に合わなくなりそうな時は、矢郷農園さんに依頼することで乗り越えました。



どの農家さんも、草刈りは本当に嫌だと言ってますよね…。
あとは、現在の栽培面の課題があれば教えてください。



夏場のみかんの日焼け対策は考えています。
ちょうどみかんの実が大きくなり始める季節に猛暑になると、皮が硬くてパサパサした実になって、出荷できなくなってしまうんです。
先輩農家のアドバイスも聞きながら、対処していかないとと思っています。
直販や6次産業化を見据えた販路



はれやか農園さんの現在の販路はどんな感じですか?



飲食店への直販が80%くらいで、ネットの定期便が20%くらいです。
女性1人農業でまとまった量をJAや市場へ出荷するのは、就農前から難しいと感じていたので、基本的に直販しかしていません。



JAや市場を通さず、ほぼ全てを直販されているのですね!
どうやったら就農して数年で、そこまで取引先を見つけてこれるんですか?



定期的にイベントを開いたり、地域のマルシェでお店を出したりして、はれやか農園を知ってもらうことを意識しています。
あとはメディアから依頼があれば、なるべく出演するようにしています。
生産量も少ない若手農家にとっては、多くの方にPRできるありがたい話ですからね。
おかげさまで、私を認知してくれて取引をしてくださる飲食店が増えたり、企業とのコラボ依頼をいただけたりしています。



なるほど、地域でのマルシェやメディアもうまく活用されているのですね。
槇さんは直販をするうえで、苦労したことはありますか?



最初は段ボールにどのように作物を詰めたらいいのかが分からずに、手間取っていました。
伝票の管理やメールでのやり取りもありますし、市場出荷の方が楽でメリットは多いと感じていますが、
私はお客様から直接感想を聞けたり、畑に来てもらえたりするのが好きなので、これからも直販がメインになると思います。



直販のメリットデメリットを理解したうえで、槇さんは直販をされているのですね。
あとは販売面に関して、課題や目標はありますか?



現状の作型では夏場に販売できるものがないので、年中商品を届けられるように加工品を作ることが目標です。
2024年から酒造会社とコラボさせていただいて、私が作ったレモンでレモンビールを商品化してもらいました。
今後はレモンリキュールなども開発していきたいですね。


今後の目標や就農希望者に対してのアドバイス



槇さんは笑顔や行動力が印象的で、はれやか農園の屋号が槇さんのキャラクターにも合っていますよね!



ありがとうございます、畑に来てくれたお客様からも、
「槇さんは、THE はれやかだね!」
と言っていただけます。
レモンや畑から見下ろす風景を通して、気分がはれやかになってほしいという意味を込めて農園名をつけたんですけど、
逆にお客様が私の気分をはれやかにしてくれることが、私の原動力になっています!



素敵な農園ですね。
最後に槇さんのように、新規就農や女性で就農を目指す方にアドバイスがあればお願いします。



私が助けられたように、師匠などの頼れる仲間を作っておくことが大切だと思います。
最初から全てが1人でうまくいく方が少ないと思うので、いざという時に助けやアドバイスをもらえる人がいれば、解決できることも多いでしょうからね。
失敗することは私も怖いんですけど、挑戦しなければ始まらないので、失敗を怖がらずに頑張ることが大事だと思います。



取材させていただき、ありがとうございました!
旦那さんは「食べチョク」の執行役員



槇さんは大学時代は、「食べチョク」を運営されているビビットガーデンさんでインターンをされていたそうですね。



そうですね、大学卒業後の業務委託期間も含めると、1年ほどビビットガーデンさんで業務をさせていただきました。
「どうすれば生産者さんたちの個性やこだわりが、消費者の心に響くか」を意識でマーケティング業務に関われた経験は、今の農業でも役に立っています。
ちなみに旦那とはインターン中に知り合って、今でも旦那は食べチョクで働いていますよ。





旦那さんは食べチョクの方!?
……、執行役員じゃないですか!すごい!



旦那は土日の草刈りや収穫以外にも、これからの営農の戦略も一緒に練ってくれています!
私とは違う目線でのアイディアもくれるので、はれやか農園の今後の歩みが楽しみです。



旦那さんはIT企業の執行役員兼、果樹農家とは……!
槇さんも個性的だと思いますが、旦那さんのキャリアも相当に興味深いですね……!
コメント