山形県鶴岡市で新規就農
露地栽培を中心に市場メインの出荷
世界に1つだけの収穫包丁の製作
今回インタビューした農家は、山形県鶴岡市のベテラン農家、長谷川新一(はせがわ しんいち)さんです。
地元である鶴岡市で新規就農して、田んぼを改良し、露地野菜を栽培されています。
オリジナルの収獲包丁やカスタムナイフも製作されている長谷川さんに、就農した経緯や栽培、刃物製作などについて取材しました!
紆余曲折を経て山形県鶴岡市に戻り新規就農

長谷川さんはどのような学生時代を過ごされましたか?



自然豊かな地元鶴岡市の山を駆け回っていた、活発な少年でしたね。
学業にはあまり興味が持てず……(笑)、バイトして得たお金をバイクにつぎ込んでいました。



農業をやる前は、どのような仕事をされていたのですか?



高校卒業後に自衛隊東千歳駐屯地に6年所属した後、北海道で7年保険営業をしました。
自衛隊も保険営業もやりがいはあったのですが、自分が目指したい将来像のような人に出会わず、辞めてしまいました。
若気の至りもあったんでしょうねえ。



社会に出ると、大人が憧れるような理想の生き方をしている人には、意外と出会わないですよね。



心機一転、東京に出て働こうと思った所に、輸入野菜の分野で起業するという方に出会いました。
経営センスや器量も含めて、「将来は私もこういう人になりたい!」と思える方でしたね!
迷いなく、その人の元で働くことにしました。
この輸入野菜を扱う仕事が、私が野菜や農業という仕事に触れた最初のきっかけでしたね。



尊敬できる方が立ち上げた会社で、長谷川さんはどんな仕事を任されていたのですか?



オーストラリアから野菜原料を仕入れるのがメインの業務で、
・朝2時から空港に行って輸入した野菜の検品
・カット野菜の原料手配
・常陸太田市で企業向けのモデル農場も立ち上げ
など、起業したばかりの会社でしたから、私もとにかくなんでもやりましたよ!
がむしゃらに働いた結果、2001年38歳で辞めるまで、ゼロから20億円の売上を出す企業に成長しました。





ベンチャー企業を急成長させたのですね、すごい!
ただ都会での成功から一転して、農業をしようと思ったきっかけはなんだったのですか?



輸入野菜を扱う会社での日々は、忙しくも充実していましたが……
バイク事故で足を骨折してしまい、1か月入院することになってしまったんです。
嫌でも人生について振り返る時間ができてしまいましたね。
そんな天井を見上げるだけの時間に、一番先に思い浮かんだことは、
「自然豊かな山形県鶴岡市に戻って、家庭を築きたい。」
ということでした。
そこで38歳2002年の時に、お世話になった社長の元を離れ、故郷の山形県鶴岡市に戻って来たという半生ですね。



そのような経緯だったのですね。
地元に戻ってからは、すぐに専業農家になったのですか?



いや、当初は自動車鈑金会社で働きながら、週末に農業をしていました。
だけど私が東京で憧れた社長のような方もおらず、その会社で定年まで勤めるイメージが湧かなかったんです。
「こういう人になりたいという人に、今こそ自分がなろう!」
と奮起して、2003年に専業農家に転身しました。



会社員から専業農家になったということですが、お金の不安はなかったですか?



そりゃあもう、お金の不安はありましたよ。
就農当時で40歳近い年齢ということもあり、該当する補助金は一切ありませんでしたし。
でも60歳まで会社員として働くのも想像できなかったので、多少きつくても頑張るしか道がなかったんです。
だからバイクを売りに出して、そのお金でトラクターに乗り替えました!
農地も徐々に増やしながら、中古の安い農機をネットで買い、徐々に農業で飯が食えるようになっていった感じですね!
市場価格や農地拡大に苦労した就農当初



2003年に農業を始めた当初は、どのような農業をされていたのですか?



借りられた50aの田んぼでキャベツを栽培して、学校給食やJAやスーパーの産直に出荷することからスタートしました。
徐々に農地の面積が増えだして、民営の青果市場にも出すようになったのですが……
民営の市場とそりが合わずに、なかなか売上が上がらなかったですね。



野菜の市場出荷は需給のバランスで価格が変動すると思いますが、価格の上下以上に納得がいかなかったことがあったのですか?



当時私が卸していた民営市場が提示する価格にモラルがないというか、ピンハネされているというか。
野菜の値決めが、フェアではないように感じていたんです。
だってキャベツが全国的に量がなくて高い年でも、1玉70円以上はいかなかったんですよ!?
もう民営市場ではダメだと強く感じていた時に、近くの公設市場に販路が開拓できました。
公設市場に移って出荷するようになってから、ようやく納得できる価格がついて、経営が安定するようになりましたね。



市場はどこも一緒ではないのですね。
初めて聞く話で、勉強になりました。
それでは、現在の農業経営はどんな感じですか?



スイートコーンが1.2ha、キャベツが20a、ブロッコリーが80a、白菜が1ha、10aのビニールハウスでミニトマトとスナップエンドウを栽培しています。
ミニトマトなどの一部の作物を除いて、現在もほとんど公設市場に出荷しています。
労働力は私の妻の2人で、どうしても人手が足らない時にはパートさんが数名が来てくれています。



およそ3.2haの、露地栽培が中心の経営なのですね。
長谷川さんの栽培に対するこだわりは何ですか?



うーん、こだわりというか、
「見た目がきれいな野菜を、普通に作って普通に出荷する。」
ことは心がけています。
スーパーに出回る9割以上の野菜は慣行栽培の野菜ですから、淡々といいものを作れさえすれば、売り先はなくなりませんからね。
あ、断っておきますけど、オーガニックや直販をしている農家を全く否定はしていませんよ!



なるほど、当たり前のことを当たり前にする栽培ですね。
ところで新規就農の方は、農地探しに苦労されている方が多い印象です。
長谷川さんは、農地を借りて拡大することに苦労されましたか?



おっしゃる通り、新規就農者のような「よそ者」には最初はなかなか農地は回ってきません。
貸してくれたとしても、上の田んぼから水が落ちて水浸しになるような、条件が悪い農地です。
私も就農した当初は、
「田んぼにキャベツなんか植えて、バカじゃねえの?」
と、よく言われてましたよ。(笑)。
だけど、キャベツの品質の良さや自分の農業に対する姿勢を見たのか、「農業を真剣にやるなら貸してやるよ!」
という方も現れるんですよね。
徐々に私の評判が広がって借りられる農地が増えていき、現在の3.2haになったという感じですね。



やはり就農してすぐには、条件のいい農地は手に入らないのですね。
あとは栽培の失敗談も聞きたいのですが、長谷川さんは栽培で失敗されたことはありますか?



失敗はたくさんしましたよ!
特に田んぼの排水対策が万全になるまでに、多くの時間とお金をドブに捨ててきたような気がしますね(笑)。
うちは全て田んぼで露地野菜を栽培しているので、まずは排水対策から始めないといけません。
ネットオークションで買ったプラソイラーで硬盤破砕をして。
徐々にいい農地を見極める力もついてきてから、栽培が安定するようになりましたね。





全て田んぼの転作畑で、ちゃんとした作物を作れるのは、長谷川さんの努力と技術の賜物なんですね。
収穫包丁やカスタムナイフを自ら製作



あとは長谷川さんと言えば、オーダーメイドの収穫包丁やカスタムナイフの製作ですよね!
自分で作った包丁で収穫されていますが、刃物を自分で作ろうと思ったきっかけはなんだったのですか?



そうです、自分で作った包丁で収穫しています!
きっかけは、まあ私以外にも、農家なら誰しも収穫包丁に何かしらの不満があると思うんですよね。
数千円の包丁だと毎日研がないと切れ味が落ちるし、数万円の包丁でも柄の部分が取れたりサビたりするし。
「いい鋼を使って、最高に使い勝手のいい仕事道具を自分で作れないか?」
と、色々ネットで調べているうちにカスタムナイフの世界を知り、自分も刃物を作ってやろうじゃないかと思い立ったのがきっかけです。





全然詳しくない刃物製作の世界なのですが、例えばカスタムナイフの注文が入ったら、どこまでを長谷川さんの手で仕上げているのですか?



お客様の要望をヒアリング→鋼の切り出し→削って加工→(熱処理の工程のみ工場に送る)→絵や装飾などのデザイン
刃物の製作工程のほぼ全てを、私がやってますよ!



熱処理以外の工程を、長谷川さん自らが手掛けているのですね!
ちょっと私もオーダーメイドの包丁について調べたのですが、1本数万円以上の包丁まであるのですね。
いいお値段だ……。



たしかに私が作る収獲包丁も、決して安くはないです。
しかしいい道具を使えば作業が早く楽に終わりますし、体の負担も楽になります。
道具にこだわれば、最終的には自分の利益になって返ってきますよ!
ちなみに収獲用の包丁はもちろん、獣の肉を素早く解体できるようなカスタムナイフも注文を承っています!
「すいーとぽたけ」の吉川文さんにも関心を持っていただき、モニターをお願いして、収穫包丁を製作中です!





たしかに、野球選手がバットやグローブにこだわるように、農家も収獲道具にこだわるほうがいいですよね!
刃物製作に関して、長谷川さんの今後の目標はありますか?



去年から応募している、JKG(ジャパンナイフギルド)のナイフコンテストで大賞を取ることです!
最高級のカスタムナイフは、作業性はもちろん、製作した背景のストーリーまでも見て取れるほどです。
「長谷川のナイフはいいナイフだ!」と誰からも言われるようなカスタムナイフを作るのが目標です!



ストーリーが感じられるナイフかあ。
カスタムナイフの品評会も、奥が深い世界なのですね。
ちなみに長谷川さんの作った刃物は、どちらで買えるのですか?





毎年2月に行われる、銀座ブレードショーに出品しています。
あとはX(旧Twitter)のDMでも、注文を受け付けています。
ご要望があれば、ぜひDMでご相談ください!
やまはせ 👺Tengu knives(@hase_shin4417)さん / X
今後の目標や就農希望者に対してのアドバイス



長谷川さんのように、新規就農をする方にアドバイスがあればお願いします。



私の憧れた社長が教えてくれたことですが、抽象的な言葉ではなく、「数字で語れる」ようにならないといけません。
具体的な数字を掲げて計画を詰めて、一つずつ課題をクリアしていくしかないと思いますよ。
「田舎暮らしに憧れて……」みたいな抽象的なイメージだけでは、農業で生計は立てられません。



ありがとうございます。
最後に、長谷川さんの今後の目標を教えてください。



現在の家を建て直すお金を工面できるくらい、これからも農業を続けられたら最高ですかね!
カスタムナイフ製作に関しては一生飽きないと思うので、農業ができなくなってからも、理想の刃物製作を追求し続けたいです!





取材させていただき、ありがとうございました!
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