輸入飼料に疑問を持ち循環型農業を志す
地域で捨てられる材料を餌に、平飼い卵と鶏肉、アイガモ米を販売
女性一人でも「楽しく愉快な」農業はできる!
今回インタビューした農家は、広島県北広島町のふぁーむbuffo代表の岩崎奈穂(いわさき なほ)さんです。
地域の未利用飼料の餌で育てる平飼い卵と鶏肉、アイガモ米を販売されています。
複数の農業専門誌にも取り上げられている岩崎さんに、就農までの経緯、栽培や販路、様々な取り組みなどを取材しました!
動物たちがのびのびとしている農業に魅せられて、農家の道へ
岩崎さんはどんな学生時代を過ごされましたか?
元々動物に囲まれた生活がしたいと思っていたので、動物関係の仕事に就きたいと思って、北海道の酪農大学に進学しました。
ただ大学の農業実習の中で、輸入飼料の高騰で農業経営が苦しいという話が心に引っかかりました。
「広大な農地がある北海道でさえ、外国から餌を買わないと成り立たないなんて。」という風に。
輸入飼料は為替相場にも大きく左右されますし、大規模だから経営が安定しているというわけではないんですね。
しかし動物関係への就職希望から、岩崎さん自身が農家になろうと進路変更したきっかけはあったのですか?
輸入飼料に疑問を持った同時期の農業実習で、魅力的な放牧酪農をされている農家さんに影響を受けたんです。
その農家さんは、自分の農地の牧草だけで賄えるだけの牛を飼って、牛糞をまた農地に還して牧草を育てるという、循環型の農業でした。
「あえて自分たちで手が回る小さな規模で、それでいて生活が成り立つ農業があるとは!」
動物たちに囲まれて生活したいと思っていた私にとっては、理想的に映ったんです。
循環型農業との出会いから、就職希望から一転して、独立就農への道筋を描き始めました。
輸入飼料に疑問を持って循環型農業に出会った、何かに導かれるようなストーリーですね!
しかし影響を受けた放牧酪農ではなく、養鶏を始めようと思ったのは理由があるのですか?
たしかに放牧酪農から循環型農業に興味を持ちましたが、牛だと1頭買うだけでも価格が高いですし体力も要るので、私一人では現実的ではないと考えていました。
初期コストが低く、女性でも扱いやすい畜産はないかと雑誌を見ていた時に、「平飼い養鶏」という農業があることを雑誌で知りました。
「鳥であれば初期のコストが低くて、筋力のない女性でも扱いやすい!鶏ふんを田んぼに戻せば、米も作れるじゃないか!地元の狭い田んぼしかない田舎でもできる農業だ!」
と閃いて、地元の広島県北広島町の両親に、養鶏での就農を目指すことを伝えました。
農家の道に進むことに決めた時、周囲の反応はどうでしたか?
兼業農家で米を70aほど栽培していた両親は、大反対でしたね。
「なんでいきなり農業がやりたいって言いだすの!?」
「お金にならないから、農業なんてするもんじゃない!」
と言われて育ちましたから、いきなりの方向転換にびっくりしたんだと思います。
しかし両親に反対されたからと言って、私の平飼い養鶏への熱意は冷めませんでした。
だから農業でやっていける自信をつけるため、両親を納得させるためにも、一年間農業の研修に行こうと決めました。
ご両親が反対する気持ちも分かる気がきますね…。
それでもめげずに農業研修に行かれるわけですが、どこでどんなことを学んだのですか?
農業雑誌に載っていた、埼玉県の平飼い養鶏もされている有機栽培農家の所で、一年間住み込みで働きました。
農作業は正直大変でしたが、
「勉強しながら泊まる所もあるんだから頑張ろう。」
と、独立就農だけを目標にがむしゃらに働きました。
研修先から両親にも定期的に手紙で、私の頭の中に思い描いている循環型農業のことを伝え続けました。
今振り返れば、養鶏技術や働き方の土台になった研修期間でしたね。
研修を終えて地元の広島に帰ってからはどうされたのですか?
1999年の4月に帰ってきて就農し、まずは20aの小面積でアイガモ米を栽培し始めました。
米栽培と同時に、60aの段々になっている耕作放棄地の田んぼをタイミング良く借りられたので、平飼い養鶏の鶏小屋の建設も進めることにしました。
カヤも伸び放題のジャングルと言っても過言ではなかった農地だったので、借り払い機を背負って3か月雑草と戦ってましたね。
刈り払い機だけで60aの耕作放棄地の雑草を倒すとは!
男性でもきついですよ……。
その後の肝心の平飼いの鶏小屋は、どうやって建てたのですか?
最初は鶏小屋の建て方も材料も何も分からなかったので、ユンボで整地してもらって、知り合いの大工さんに手伝ってもらいながら建てました。
1999年当時は材料費込みで、1棟40万くらいで建てられましたかね。
2棟目からは1棟目を参考に、木材を買い揃えて自分で建てて、現在は9棟の鶏小屋があります。
またしても自力で!鶏小屋まで建設するとは!
とんでもない努力に感じるのですが、平飼い養鶏って皆さんDIYで始められるんですか?
いやいや、私のような就農スタートは、絶対に他人には勧めませんよ!
今なら補助金を活用した、もっと効率のいい養鶏の始め方があるはずですからね。
私が当初怖いもの知らずだったからこそ、スタート出来てしまったのだと思います。
・バケツで鳥の飲み水を鶏小屋に運んだり、
・餌もスコップで混ぜて、一輪車で各棟に運んだり、
時間と体力だけはありましたし、実家に戻っていたので、
「借金さえしなければ何とかなるから、田んぼも養鶏もボチボチ増やしていこう。」
という感じでした。
約600羽の養鶏とアイガモ米
現在の規模や労働力を教えてください。
養鶏に関しては、肉用の寒曳地鶏が100羽と、卵肉兼用種の岡崎おうはんが500羽くらいですね。
常に毎日350個前後卵を産んでくれるように、9棟ある小屋をローテーションして、購入したヒナから成鶏までの生育ステージの鳥たちがいるようにしています。
そして養鶏で出た鶏ふんを肥料代わりに田んぼに入れて、アイガモを使った農薬不使用の米を、20a栽培しています。
岩崎さんが学生の頃に憧れた、「小さな循環型農業」ができているのですね!
ところで初歩的な質問なんですが、平飼い養鶏って通常のケージ飼いと比較して、どんな特徴があるのですか?
平飼い養鶏の一番の特徴は、やはり鶏たちが自由に動ける広さがあるので、ストレスがかかりにくいことですね。
鶏たちがストレスなく健康的であれば、結果的に抗生物質などは投与する必要がなくなります。
その反面、平飼い養鶏は全てにおいて作業効率は悪いです。
餌やりなどの管理も1棟ずつ回らないといけませんし、夏や冬は卵の採集の数がどうしても減ってしまうのがネックですね。
なるほど、手間暇かけた養鶏方法ということですかね。
岩崎さんの平飼い養鶏でのこだわりはありますか?
輸入飼料を使わずに、地域の副産物などの未利用飼料を与える飼育を心がけています。
具体的には、地域で出る米ぬかや野菜のクズ、おから、酒粕、牡蠣殻、魚粉などをブレンドしています。
時期によって手に入る餌が違いますし、鶏たちにも好き嫌いがあるので、卵の味や色に変化があるのが私の飼育ならではでしょうかね!
季節や鶏の個体差で、一つ一つの卵に違いが出るんですね!面白い!
でも餌を自分で調達するって、大変なことも多いのではないですか?
そう、未利用飼料の調達は、常に悩みどころなんです。
・以前には大豆のクズをいただいていた農家さんから、転作したから今年はないと言われてしまったり、
・酒蔵から米ぬかをいただいていたのですが、経営者が代替わりしていただけなくなったり、
・コロナ禍ではお酒の需要が落ちて、酒粕が手に入らなくなったり、
相手の都合次第で餌の種類も量も変わってしまいますが、それでも毎日の鶏たちの餌は必ず確保しないといけません。
だから常にアンテナを張って、もらえる当てを何件も目星をつけておくことを意識しています。
やっぱり飼料を買い付ける養鶏家の方も多いのは、納得ですねえ……。
他に平飼い養鶏で苦労したことはありますか?
苦労と言えば、平飼い養鶏=オーガニックの卵と勘違いされがちなことですかね。
製麺所から廃棄の麺をいただいていた時に、消費者の方から「農薬を使っている小麦のくずを、鶏たちに食べさせているんですか?」と聞かれたことがありました。
有機JASの養鶏は、餌も有機飼料を使っていないといけませんからね。
農薬について聞いてこられた消費者の方には、どう返答されたのですか?
「餌が農薬不使用かどうかよりも、フードマイレージ(取り寄せる距離)が少ない餌を選ぶようにしています。だから私は、外国の農薬不使用の有機飼料を取り寄せるのであれば、地元の副産物を使用します。」
と答えました。
地域資源を活用した循環型農業というのは、ブレずに貫きたいですからね。
あらかじめ断っておきたいのが、私は慣行栽培の野菜や近代養鶏を否定するつもりは全くありません。
近代養鶏の科学的な管理は勉強になることも多いですし、全ての農家が私のような手間のかかる農業をしていたら、野菜や卵の価格はとんでもなく上がってしまいますからね。
初志貫徹、かっこいいですね!
あとは失敗談もお聞きしたいのですが、養鶏をしてこられた中での一番の失敗は何でしたか?
一番の失敗はやっぱり、ネズミに穴を掘られて鶏小屋に侵入されて、一晩で一棟丸ごとヒナがいなくなっていたことですね。
100羽いたはずのヒナが、もぬけの殻のように消えていて……
ピヨピヨと鳴く声が聞こえない朝の静けさと同時に、背筋が凍りましたよ。
ひえっ……!
ネズミって鶏小屋の中で食い散らすのではなく、神隠しのように巣穴に連れ帰ってしまうのですね……。
悲惨な被害を受けて、どのような対策をしましたか?
鶏小屋の周りに、電気柵や目の細かいフェンスを設置しました。
加えてヒナの小屋は地面をコンクリート打ちにして、ネズミが穴を掘って侵入できないようにしました。
中山間地なので、ネズミ以外にもキツネなどの野生動物は出没しますから、警戒心は常に持っていますね。
口コミで広がった販路と鶏肉の加工品
ふぁーむbuffoさんの、現在の販路はどんな感じですか?
基本的には定期便として、ふぁーむbuffoと同じ町内の個人のお客さまに週1で配達、遠方のお客さまや飲食店には発送しています。
6~7割が定期便で、あとはコロナ禍から始めた産直ECサイトですね。
以前は直売所にも出していたのですが、平飼い養鶏や循環型農業の説明がしづらかったのでやめました。
なるほど、必ず日常で使う卵が届くのはありがたいですね!
ただ手間のかかる平飼い養鶏だと、やっぱり市場出荷ではなく単価を自分で設定できる直販が基本になるわけですよね?
現在に至るまでに、販路はどのように開拓していったのですか?
ありがたいことに、販路営業はほぼしてなくて、ほとんど口コミですね。
始めたばかりの卵の数も少なかった頃は、同じ町内の方が買ってくれて、そこから噂が広がっていって。
広島市内の飲食店も同様に、定期便を購入してくださっている店からじわじわと評判が広がって……という感じです。
季節による味の違いや卵の増減にも理解があるお客さまが多くて、助けられています。
すごい!ほぼ口コミで広がっていったとは!
飼育方法や卵の味が、地域でも一味違うんでしょうね。
あと、自ら鶏を捌いて販売しているという噂も聞きました。
六次産業化も岩崎さん自身が行う狙いはなんですか?
そうです、私が自分で寒曳地鶏や岡崎おうはんたちを捌いています。
というのも私のような小さな養鶏家は、廃用にする鳥たちの処理が課題なんです。
小単位で遠くの処理場に持ち込むのも時間がかかりますし、鶏の処理場自体も少なくなっていますからね。
だから同じ町内の豆腐工場の物件が空いたの時は、即決で借りました!
食品加工に必要な水や電気などの設備は揃っていましたし、大学の頃に食鳥処理の資格は取っていたので、大きな設備投資もなくすぐに始められました。
なるほど、岩崎さんの農業にぴったり合った六次産業化ということですね。
でも自分で育てた鶏たちを自分で捌くのは、なかなか精神的にしんどいですよね……?
たしかに利益だったり心理的な面を考えたら、自分で処理しなくてもいいことかもしれません。
しかし最期まで鶏たちの命の面倒を見ることも、養鶏家にとっては大切な仕事だと考えています。
そして何より私がじっくり育てた鶏たちは、弾力や味が良くておいしいですから!
新鮮な鶏肉で作った親子丼は私自身が大好物で、他とは一味違いますよ!
ああ、聞いただけでお腹がすきそうなやつだ…!
自分で育てた農産物を鮮度がいい状態で味わえるのも、農家の特権の一つなのかもしれませんね。
今後の目標や就農希望者に対してのアドバイス
ふぁーむbuffoさん全体の、今後の目標を教えてください。
今の平飼い養鶏のスタイルを大きく変えたり、大規模化したりとかは特に考えていないですね。
屋号でもあるbuffoはイタリア語で、「楽しい、愉快な」という意味なんです。
これからも自分のペースで、楽しく農業を続けていきたいですね。
ありがとうございます。
最後に岩崎さんと同じように、平飼い養鶏に興味のある方や、就農を目指す女性の方にアドバイスがあればお願いします。
アドバイスかあ……。
特別に儲かっているわけでもなく、私一人でできる範囲でボチボチとやっている農園ですから、教えられることはあまりないかもしれませんね。
強いて何か言うのであれば、
毎日動物に囲まれて生活がしたかったので、今の農業スタイルが私の天職だと心から思えています。
初期投資が少なくても、男性のように筋力がなくても、できる農業のスタイルはあるということですかね。
参考になりました!
取材させていただき、ありがとうございました!
こぼれ話:農業雑誌やメディア出演を見て訪れる人もいる
岩崎さんは「現代農業」や「養鶏の友」などの農業雑誌や、テレビ新聞などのメディアにも出られていますよね。
そうですね。
循環型の平飼い養鶏やアイガモ栽培米も珍しいですし、女性1人でしていると注目はされます。
あと最近では、SDGs関連でのメディアの依頼もたまにありますね。
私が出ている情報を見て、記事の寄稿依頼があったり、研修希望の方や養鶏企業の関係者も来られます。
就農希望者から見たら、岩崎さんは養鶏の先駆者のような存在なのでしょうね。
もし「農業を教えてほしい!」という方が来たら、どう対応されているのですか?
私が可能な限り、見学や飼育指導もしていますが……
私がスローライフとはかけ離れた生活をしているので、面食らって帰る方もいますね(笑)
365日餌やりと卵の採集はありますから、長期の休みはまず取れませんし、普段の農作業も地味にきついですからね。
そんな理想の農業像が打ち砕かれた方々に、農政課の方が、「岩崎さんは特別だから、真似しようとか憧れてはダメですよ。」なんて言ってるんですよ!
まるで私は変わり者扱いですが、失礼な話だな思いませんか(笑)?
ま、まあ私からはノーコメントで!
でも岩崎さんは、農業の専門誌にも出ている先駆者ですし、buffo=楽しくて愉快な農業をされていますから、憧れてこられる方はこれからもいるでしょうね!
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