放牧酪農を始めた新規就農者が伝え続ける、生乳以外の「放牧酪農の価値」とは

記事の内容

地元の島根県で放牧酪農家の募集に応募

放牧酪農の失敗や苦労

将来の6次産業化の構想や地域貢献

今回インタビューした農家は、島根県仁多郡奥出雲町の、「ダムが見える牧場」代表の大石亘太(おおいし こうた)さんです。

旅先で遭遇した放牧牛に魅せられて、地元の島根県奥出雲で放牧酪農家に!

生乳を出荷するだけが酪農の価値ではないと語る大石さんの、就農までの経緯や放牧酪農、今後の目標などについて取材しました!

目次

旅先で放牧された牛に魅せられて酪農の道へ

管理人

大石さんは元々動物が好きだったのですか?

大石さん

そうですね、元々動物が好きで、動物関係の仕事に就きたいと考えていました。
広島大学生物生産部に進学しましたが、入学時点ではまだ、放牧や酪農についての知識も情熱も持ち合わせていませんでしたけどね。

管理人

そうだったのですね。
放牧や酪農に興味を持ったきっかけはなんだったのですか?

大石さん

大学の休み期間に訪れた隠岐諸島の知夫村で、牛や馬が道路のど真ん中に寝そべっている風景に圧倒されたのがきっかけですね!
学校や動物園で見ている動物たちと違って、あるがままに生き生きしている姿や島の景観に感銘を受けました。
レンタカーから降りて、おっかなびっくりで牛にどいてもらいましたよ(笑)。

管理人

道路に牛が寝そべっているとは!
島外の旅行者はびっくりするでしょうね!

大石さん

知夫村の旅以降から、放牧や酪農というものに関心を持って調べていきました。
学部内に放牧酪農に詳しい教授のゼミに2年生から通わせてもらって、卒業論文も放牧酪農をテーマに書きました。

管理人

大学卒業後はどのような進路を取ったのですか?

大石さん

大学卒業当時は農業の始め方すら分からなかったので、放牧畜産をしている牧場主さんの所で、居候みたいな感じで働き始めました。
昼は農作業、夜は生活費を稼ぐためにレンタルビデオ屋でアルバイトをして、独立への道を1年弱模索しましたが……。
寝不足と本格的な年間の農作業で、体も心もボロボロになってしまいました。
それにこの牧場主さんのような、数頭だけの放牧は、20代だった私が目指す農業ではないとも感じたんです。
だから一旦新規就農することは諦めて、牧場で付き合いがあった山口県の畜産振興協会で働き始めました。

管理人

昼夜問わず働いていたんですね、そりゃあ体を壊しますよ……。
新たに働き始めた畜産振興協会では、どのような仕事をされていたのですか?

大石さん

血統書の発行やワクチンの発注などの通常業務に加えて、
畜産の経営コンサルタントや、教育ファームのサポートをさせていただきました。
畜産の経営コンサルタントは日常的に牧場に赴き、決算書作成をサポートする仕事で、
教育ファームは学校に牛を連れて行ったり、子どもたちを牧場に招待したりしていましたね。

管理人

決算書の中身だったり、教育の場での子どもたちの反応を見るのはやりがいがありそうですね!

大石さん

本当にその通りで!
牧場の決算書をたくさん見れたことはプラスでしたし、子どもたちも牛農家も笑顔になれる教育ファームは、企画していてとても楽しかったです!
もし木次乳業での新規就農の募集を見つけていなければ、ずっと畜産振興協会で働いていたでしょうね。

管理人

2012年に奥出雲の木次乳業が「自主的な取り組みができる、夫婦での放牧酪農家を募集」していたんですよね。
まさに大石さんが憧れていた、放牧酪農や新規就農という、運命のような条件じゃないですか!

大石さん

運命というか、「うわあ、知っちゃったよ…。」という感じでした(笑)。
自分の地元で、地域から信頼されている会社で、自分のやりたい仕事にどんぴしゃの募集内容で!
もし応募しなかった場合に、将来の自分の子どもに、
「ほんとは牧場がやりたかったんだけど、危なっかしいことはせずに、今の安定した暮らしを選んだんだ。」
なんて言うのが嫌で……。
私自身の長年の夢や気持ちに嘘はつけなかったので、思い切って木次乳業の面接を受けたら、ご縁あって採用されました。

管理人

いやあ、かっこいいですね!
そんな理想の農家になると大石さんが決めた時の、周囲の反応はどうでしたか?

大石さん

放牧酪農をすると伝えた時、親戚は寝込み、両親は青ざめていました(笑)。
周囲の先輩酪農家の大半からも、
「放牧で、本当に乳が搾れるんか?」
と、木次乳業のバックアップがあってすら、言われていました。
新規就農=起業と同義ですし、ましてや異質な酪農に挑戦するというので、心配されるのも無理はなかったでしょうね。
でも妻だけは、私のチャレンジに賛成してくれました。
ずっと牧場や牛に憧れていた私の熱量を見てくれていたのか、新しい生活に可能性を感じてくれたのかは、妻に聞かないと分かりません。
でも妻は一緒に奥出雲に移住して、農作業と育児を手伝ってくれているので、感謝しかありませんね。

夫婦で放牧酪農に挑戦

木次乳業での研修を経て独立

管理人

晴れて独立就農への道を進まれたわけですが、木次乳業での研修期間は、どのようなことをされていたのですか?

大石さん

2012年から2年間は研修生として、木次乳業の牧場で、一通りの牛の飼育実習をしました。
同時並行で、農地に牛舎や牧柵を建てるなどの独立に向けた準備も、木次乳業の方に手伝っていただきながら進めていきました。

管理人

農地の話が出ましたが、放牧酪農ができるほどの広大な農地は、どのように確保したのですか?

大石さん

近くにある尾原ダムの残土処分場跡地が、放牧地として利用できることになっていたんです。
木次乳業の社長が、地域の方1軒1軒を回って、話をつけていただいたと伺っています。
ただ電気も水道もない広大な砂地でしたから、
・雑草を刈り取って、イネ科の牧草を蒔いたり、
・ユンボを借りてきて水道の宅内配管やアスファルトの敷設をしたり、牧場作りは1からでしたね。

管理人

1から牧場作りですか。
新規で酪農を始めるとなると、設備投資が気になりますね…。

大石さん

オール新品での設備投資は、酪農の場合はご想像通り1億円以上はかかりますから、新規就農者にとっては厳しいイニシャルコストです。
ですから初期投資をなるべく安く抑えるために、農協の独自助成や就農の補助金なども活用させていただきながら、中古建材で牛舎を建設しました。
1棟目の牛舎は、離農する酪農家の牛舎の廃材を集めて。
後年にもう1棟建てた牛舎は、中古のしいたけハウスを〈魔改造〉しました。
水回り設備や離農した酪農家から譲り受けた牛たちを含めて、総額で3000万円くらいの融資を受けましたね。

新規就農なのに設備はボロボロ、でも未だに現役で稼働していますので、牛舎建築に協力していただいた方々のおかげです。

管理人

50%以上初期投資を削減できたのは、後の新規で酪農を始める方にとってもモデルケースになりそうですね!
ただそれでも、新規就農者にとってはお金の不安はあるかと思いますが、大石さんはどうでしたか?

大石さん

もちろん初期投資を減らしたといっても、お金や将来の不安は残っていました。
「酪農畜産は儲からない」とは耳タコなくらい聞いていましたし、農家の決算書はいくつも見てきましたからね。
いざ自分で農業をしてみて、改めて酪農の厳しさに直面しました。
だって農家手取り150円の牛乳を生産するのに、普通に飼育するだけで餌代だけで100円以上かかりますからね!
だから新規就農から10年以上たった今でも、経営改善の試行錯誤は続いていますよ。

中古資材を活用して建てた牛舎

奥出雲でもほとんどない放牧酪農の経営

管理人

ちょっと放牧酪農をネットで調べてみたんですけど、
・エサ代は3割ほど減らせるが、乳量や脂肪分は少なめ
・かかる経費や牛の世話が少ない
・牛の足腰が強くなって健康的

という、一般的な酪農と比較した特徴が出てきます。
大石さんは、放牧酪農をどのように捉えて営まれているのですか?

大石さん

放牧酪農の特徴は、列挙してもらった通りですが、
「放牧を取り入れる強度(頻度)によって、特徴は変容する」
というのが私の持論です。
①農場の巨大化や機械化が進み、飼育生産効率は日々向上していますし、
②高度に管理された牛舎内で快適に暮らしている牛も、健康で幸福と言えるでしょうし、
放牧酪農が一般酪農より優れている、とは考えていません。
私の目指しているのは、「餌代や設備投資にお金をかけずとも、牛の健康を保てる」酪農です。

管理人

放牧酪農も強度次第なのですね!勉強になります!
それにしても、画像は広大な農地ですね!
どのくらいの面積で、何頭を飼育されているのですか?

大石さん

24.5haの放牧地で、ホルスタインとブラウンスイス合わせて、約30頭の経産牛を飼育しています。
土壌流出や法面崩壊を考慮すると〈1haで経産牛1頭〉が放牧の適切な強度とされているので、特段大きくない規模ですよ。
労働力は、現在は夫婦2人で作業しています。

管理人

ご夫婦で牧場を営まれているのですね!
でも酪農って、生き物を飼っている以上、休みが少ないイメージです。
大石さんの一日のタイムスケジュールって、どんな感じですか?

大石さん

・5時半~11時まで、朝の搾乳や餌やりや哺乳
・11時~15時は休憩
・15時~20時まで、夜の搾乳や餌やりや哺乳
という感じです。
牛たちは搾乳の時間以外は、それぞれ好きな場所で過ごしています。
長年の夢でもありましたから、私は牧場を何時間いじっていても精神的にはきつくありません。
ただ私も妻も休息日は必要なので、ヘルパーさんを毎月5回くらいお願いしています。

管理人

夢だった酪農を楽しめているのは、いいことですね!
ちなみに大石さんは、飼育で失敗したことはありますか?

大石さん

配合飼料を増やしすぎて乳房炎が発生したりなど、基本的に失敗ばかりではあります。
だけど一番精神的にきつかった失敗は、マダニから感染するピロプラズマという、放牧特有の寄生虫病で死んでいったことです。
就農1年目に譲り受けた牛が放牧に慣れなかったことも原因で、自分の技術不足で牛を死なせたことが悔しくて、自分を責めては落ち込んでいました。

管理人

牛の死、堪えますね…。
失敗から、どのような改善をしていったのですか?

大石さん

マダニ対策で駆虫薬等も使いましたが、放牧に慣れた牛が年代を重ねると、ピロプラズマを発症する牛はいなくなりました。
妻に「牛が死んだら自分も死ぬの?」と叱られたことも大きかったです。。
以降は牛の死にはあまり気持ちを投影せずに、病気に至る原因を分析して、2度と同じ死に方を迎える牛がいないように観察しています。

管理人

「2度と同じ失敗をしない」という、気概が大事なんですね。
あとは温暖化や猛暑対策も伺いたいのですが、寒冷地に向く乳牛に対して、暑さ対策を考えられていますか?

大石さん

放牧中の牛は、基本的には涼しい日陰などで過ごしていますが……、
牛への夏のダメージが年明けごろになって回復するぐらい、ここ数年の猛暑には苦しめられています。
2025年にはミストシャワーを取り付ける予定ですが、他の冷却設備も検討していかないといけませんね。

きれいな風景が広がる放牧地

木次乳業への生乳出荷と、将来の6次産業化

管理人

生乳は木次乳業に出荷しているのですか?

大石さん

そうですね、木次乳業に100%卸しています。
就農時から今でもお世話になっていますし、木次乳業以外への生乳出荷は、全く考えていません。
ただ将来的には、5~10%程度は自家加工分に回していきたいと考えています。

管理人

自家加工ということは、生乳を使った6次産業化を予定しているということですか?

大石さん

そうです、就農当初からずっと、6次産業化は構想にありました。
本来なら自家製のアイスやシュークリームなどを、ダムの見える景色を見ながらお客さんに食べていただく計画だったのですが……。
コロナショックやウクライナショックの影響で、6次産業化の申請許可が下りなかったんです。
本業の酪農部門でも情勢悪化の煽りを受けて、加工品にチャレンジする余裕がなくなってしまいました。

管理人

ああ、2021~2023年くらいから、どの作物や品目でも一気に資材費が値上がりしましたよね……。

大石さん

6次産業化が未だに実現できていないのは、忸怩たる思いです……。
ただ現段階で私ができることは、子どもたちの農業体験の継続や、日常で牛たちが間近で見れる風景を維持していくことだと考えています。
就農当初から地域の子どもたちの農業体験をしてきたことで、
「ダムの見える牧場で牛乳が飲みたい!きれいな景色を見ながらアイスが食べたい!」
という声が増えているのは、モチベーションになりますね!

子どもたちの農業体験の様子

放牧酪農による地域貢献や、就農希望者に対してのアドバイス

管理人

生乳以外に提供できる価値が、放牧酪農にはあるのですね!

大石さん

そうですね。
牛は肉や牛乳を作る経済動物ではありますが、地域の景観や笑顔も作る
「景観動物」でもあると、私はずっと言い続けています。

私が知夫村の牛たちに感動したように、日々訪れるお客さんや子どもたちに少しでも笑顔になってもらえれば、私の努力は無駄でも無意味でもないなと感じているんです。

管理人

素敵ですね!
大石さんの今後の目標はありますか?

大石さん

・地域内飼料をフル活用
・暑熱対策を検討
・牛の繁殖技術を上げて頭数を増やす
など、基本を見直して、情勢に左右されない農業経営を作りたいです
その上で、6次産業化などの新しい事業を立ち上げて、スタッフも雇用するのが目標です。

管理人

ありがとうございます。
最後に大石さんのように、移住して新規就農や、酪農を志す方にアドバイスがあればお願いします。

大石さん

「案ずるより生むが易し、住めば都」ということですね。
完全に条件を満たす案件もなければ、自身の準備や技術が完全に整うということもありませんからね。
ですから1つの分野のスペシャリストより、ある資源で業務をこなしていくジェネラリストの資質がある方が、新規就農には向いていると思います。

管理人

取材させていただきありがとうございました!

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