家庭菜園が高じて専業農家に!宿泊業にも参入された丹波篠山市の黒枝豆農家を取材しました。

記事の内容

家庭菜園が高じて専業農家に

黒枝豆や野菜を全て直販で売り切る

別荘を改修して宿泊業にも参入

今回インタビューした農家は、兵庫県丹波篠山市の丹波篠山ひなたファーム代表の杉尾行紀(すぎお ゆきのり)さんです。

家庭菜園から徐々に規模を拡大して専業農家に転身し、黒枝豆や野菜を全て直販で売り切っています。

宿泊施設も開業された杉尾さんに、就農した経緯や、栽培と直販、地域に根差した宿泊業について取材しました!

目次

家庭菜園が高じて専業農家に

ナス男(筆者)

杉尾さんは、農業を始められる前は何の仕事をされていたのですか?

杉尾さん

大学を卒業して一番長く勤めたのは、航空レーダーを製作している電機企業ですね。
航空レーダーに関する製作から修理までを、全て担当していました。
大手企業だったので、正直給与も良かったのですが……
全国の空港への急な出張や人間関係のストレスなどで、精神的にきつくて悩みも多かったですね。

ナス男(筆者)

大手企業ならではの大変さがあるんですね…。
杉尾さんは就農前の農業のイメージはどうでしたか?

杉尾さん

農業に対しては、正直いいイメージがなかったです。
というのも元々祖父母の代から兼業農家で、自分の子どもの頃は田植えや稲刈りの手伝いを渋々していました。
「どこどこのお子さんはよく働いてくれるのに!」と、友達と比較されるのも嫌でしょうがなかったですね(笑)。
兼業農家という小さな規模でしたし、農業は将来の選択肢にも入ってませんでした。

ナス男(筆者)

遊びたい盛りの時に農業の手伝いをするのは、たしかに嫌かもしれません(笑)。
そんなマイナスイメージがあった農業に、興味を持ったきっかけはなんでしたか?

杉尾さん

兼業農家の祖父や父親は、ほとんどの農地を他の農家さんに貸してはいたものの、家庭菜園をするくらいの畑はあったんです。
だから仕事の息抜きも兼ねて、自分も農地の片隅で家庭菜園をしていました。
栽培の本を買って勉強して試行錯誤していくうちに、うまく栽培できるようになってきて!
物は試しだと、近くの直売所に大根を1本100円で出品してみたら売り切れたんです!
さらに買ってくれたお客様に「おいしかったよ!」と言ってもらえて!
「自分で作ったものを自分で販売して、さらにお客様から喜ばれるとは!」
たったの数百円の売り上げでしたけど、農業の魅力を強烈に感じましたね。

ナス男(筆者)

初めて野菜が売れた時は、嬉しいものですよね!
農業に興味を持ってから専業農家になるまで、どのような時間を過ごされましたか?

杉尾さん

野菜を売り始めた当初は、サラリーマン+週末農業で売上を徐々に上げていくつもりだったのですけど……。
仕事などのストレスがピークに達して、2009年に勢いで会社を辞めて、専業農家になっちゃいました。

自分のような無計画の就農は、今から就農する方には絶対に勧めませんね(笑)!

丹波篠山ひなたファームの主力作物、黒枝豆
ナス男(筆者)

いきなり専業農家に転身されたわけですが、ぶっちゃけお金の心配などはありましたか?

杉尾さん

お金に関しては、不安だらけでしたよ!
勢いで専業農家になったものだから、野菜の種を蒔いて収穫できるまでの数か月の収入も、頭から抜け落ちていました(笑)
だから就農当初は、昼は農業をして夜は飲食店でアルバイトをして、生活費の足しにして凌いでいましたよ。

杉尾さん

あとは自分の名前で野菜を販売していた実績があったものだから、当時の就農に関する補助金が一切該当しなかったですしね。
最低限の農地やトラクターなどの機械があったとはいえ、徐々に農地を貸してくれる方が増えて売上が上がるまでは、しんどいことも多かったです。

ナス男(筆者)

「自分名義で販売を始めると、すでに就農しているとみなされる」
というのは、たまに聞く事案ですよね。
就農希望の方は、よくチェックしないといけませんね。

黒枝豆を中心とした露地栽培

ナス男(筆者)

現在の栽培作物や労働力を教えてください。

杉尾さん

黒枝豆が約3ha、その他の季節の野菜を40aほど栽培しています。
主な労働力は私と、会社員の妻が土日に余裕のある日に手伝ってくれて、あとは黒枝豆のピーク時にパートさんを数名雇っています。

ナス男(筆者)

丹波篠山と言えば、やっぱり黒枝豆がメイン作物なんですか?

杉尾さん

そうですね。
丹波篠山市のフラッグシップのような作物ですし、単価も安定しているので、栽培しないという選択肢はありませんでしたね。
朝霧が起きるような寒暖差が大きい地域で、黒枝豆に甘さが乗るのが他産地との違いですね!

産地の黒枝豆栽培
ナス男(筆者)

甘い黒枝豆、おいしそう!
産地ということもあるので、栽培面に関しては順調だったのですか?

杉尾さん

いやあ、研修もせずに家庭菜園の延長で農家になったものだから、苦労は多かったですよ。
特に、「よう分からんけど、農薬や化学肥料を使わん栽培のほうがええやろ!」と安易に考えて我流の栽培をしていた1年目は、収量も取れませんでした。
有機栽培がダメだというわけではなく、自分の経営や地域の環境などを考慮して、有機栽培の知識を自分の腹に落とし込めてなかったからだと思ってます。
その苦労から栽培方法を変えて、今はなるべく農薬や化学肥料を抑える慣行栽培をしていますね。

ナス男(筆者)

有機栽培から始めるって、やっぱり難しいことなんですね。
他に栽培面で、失敗したことはありますか?

杉尾さん

もう失敗だらけですよ~。
特に2018年は、他の黒枝豆農家は豊作だったのに、自分だけ収量ががた落ちして、赤字になるギリギリでした。
原因ははっきりしていて、売上ばかりに目が眩んでしまったことです。
地元の経営者や農家の集まりに出ていくと、みんな高級な車で来るんですよ。
自分は軽トラなのに、他人は華やかな高級車……。
それが惨めで情けなくなって、「もっと売上目標を高くして上を目指そう!」と意識を高く持ったつもりになっていました。

杉尾さん

・畑仕事の時間が少なくても、時間単価は上げられる!
・単価の低い野菜や仕事をしていたら、高級車には届かない!
と、農業がお金でしか考えられなくなっていって……
その結果が、2018年の不作につながったと思います。
「こんなつもりで農業をしていたわけやない!100円の大根を買ってくれた方においしかったよと言われて嬉しくて農家になったんやなかったんか。」
と、ようやく我に返りました。

ナス男(筆者)

野菜がお金に見えてしまうかあ……。
でも、農家なら分かる気がします。
地域で杉尾さんだけ不作だったという失敗から、どのように挽回していったのですか?

杉尾さん

・土壌分析で肥料分を計算して、
・広葉樹の落ち葉の自家製堆肥を投入して、
・なんとなく入れていた資材なども見直して、
もう一度農作業の時間を確保して、経営を見直しました。
やっぱり努力が形になるもので、次の2019年からは黒枝豆の収量は安定するようになりましたね。
あ、断っておきますけど、売上目標を目指すことに意味はあると思いますよ。
だけどまずは、目の前のお客様においしいと言ってもらえる野菜を作ることを、おろそかにしてはいけないと強く感じましたね。

ナス男(筆者)

農家になった原体験に立ち返ったのですね。
杉尾さんの栽培に関しての、課題や目標はありますか?

杉尾さん

自分の地域でも農業者の高齢化が進んでいるので、雇用体系や作型を組みなおすことも考慮して、集落の農地を集積できるような体制を作ることが目標ですね。

黒枝豆や野菜は全て直販

ナス男(筆者)

現在の販路はどんな感じですか?

杉尾さん

ありがたいことに、黒枝豆も野菜も、全て直販で売り切っています。
具体的には、HPと産直ECサイト、直売所(自販機)ですね。

ナス男(筆者)

すごい!全部丹波篠山ひなたファームさんの名前で売り切っているんですね!
でも地域にも杉尾さんと同じように、黒枝豆を直売している農家さんも多くて競合になるんじゃないですか?

杉尾さん

そうですね。
10月になると黒枝豆がテレビでもよく宣伝されるので、そこかしこの農家の直売所で、黒枝豆を買いに来るお客様で渋滞が起きていますね!
でも自分の場合は、HPを作ったり産直ECサイトやGoogleマップに登録したのが、早かったのが良かったのかもしれません。
お客様が「黒枝豆」と検索したときに、うちにヒットすることが多いんじゃないかと考えています。

ナス男(筆者)

黒枝豆渋滞、産地ならではの光景ですね!
でも産地の知名度を差し引いても、JAや市場に頼らずに売り切っちゃうのはすごいですね!

杉尾さん

いやいや、直売所で手探りで売り始めたのがスタートだっただけです。
後になって、JAでもいい価格で売れることを知りましたから(笑)。
でも黒枝豆で検索して来てくれる新規のお客様に限らず、リピーターの方も多いので、ありがたい限りですね。

地域に根付いた宿泊事業にも挑戦

ナス男(筆者)

丹波篠山ひなたファームさんと言えば、宿泊施設をオープンされましたよね。
農業だけではなく、宿泊事業にも乗り出したきっかけはなんだったのですか?

杉尾さん

著名な作家の方が昔、うちの土地に別荘を建てたのですが、その登記が2021年にうちに戻ってきたんです。
地域に宿泊施設は1件もありませんから、運命めいたものを感じて、約2000万円かけてリフォームして「Villa壮景」を始めました。

Villa壮景のきれいな内観
ナス男(筆者)

農家が宿泊業もやるというのは珍しいことだと思いますが、他の宿にはない、Villa壮景の特徴はなんですか?

杉尾さん

特徴はやはり、名前の通り、景色です。
高台のVilla壮景から見下ろす田園風景は、都会にはない魅力です!
外国人観光客の方の、日本の原風景のイメージにかなり近いと思います。

ナス男(筆者)

素敵な景色ですし、内観もおしゃれですね!
2024年に晴れてオープンされたわけですが、宿泊業に関して苦労したことはありますか?

杉尾さん

まあ苦労と言いますか、地域の住民の方々への理解を得ることには時間をかけたつもりです。
自分がいきなり宿をオープンすると言い出したもんだから、地域の方もびっくりされたのか、不安の声も少なからず聞かれました。
だから消防関係の検査やリフォームと同時並行で、地域の住民の方に向けた説明会を4回ほど行いました。

ナス男(筆者)

4回も説明会をされたのですね。
でも、「そんなの関係ねえ!」と突っぱねて、強引に進めることもできたと思いますが…。

杉尾さん

いや、地域の住民の方の理解は絶対に必要でした。
自分は「アルベルゴ・ディフーゾ」という、地域全体を宿泊施設に見立てる考え方を目指しているんです。
うちの地域は田園風景の他にも、少し足を延ばせば飲食店が並ぶ温泉街もあります。
宿泊者の方に宿周辺も散策して楽しんでもらうためにも、街の活性化のためにも、周辺の方の評判は大事だと考えています。

日本の田園風景がそのまま残る
ナス男(筆者)

「アルベルゴ・ディフーゾ」、ちょっと調べてみたのですが、素敵な考え方ですね!
つまりVilla壮景は、地域に溶け込んだ宿泊施設ということですかね。
今後の宿泊事業の目標は何ですか?

杉尾さん

直近の目標としては、2025年の大阪万博のためのインバウンドの方の受け入れ準備ですね。
地域としても大阪万博を契機に、丹波篠山市にも足を運んでいただこうと力を入れているので、Villa壮景がその一助になればいいなと思っています。
あとはキャンプ場も運営していますので、Villa壮景も含めて、本業の農業にもつなぎたいと思っています。
丹波篠山ひなたファームの野菜を使った、BBQやシェフの料理を提供できるように、体制を詰めていきたいです。

今後の目標や就農希望者に対してのアドバイス

ナス男(筆者)

栽培に直販、それに宿泊業も形にされて!
杉尾さんは本当に多才ですよね!

杉尾さん

いやいや、本当に、一日一日をなんとか乗り切ってきただけですよ!
ただ就農当初に、将来の農園の展望を思いつくがままに書き留めたことがあるんです。
就農から20年近くたった今、その紙を見返してみたら、
・地域に認められるような農家になる
・宿をオープンする
とか、当時何気なく文字にしたことが形になっていたんです!
「目標を言葉にするって、大事なことなんだな。」
と、成功者が言ってたことってこういうことだったんだと実感しましたね。

就農当初のアイディアが年月をかけて形になった
ナス男(筆者)

目標を言葉にする、農業以外にも通じることですね。
参考になる方も多いと思います。
最後に杉尾さんのような、就農希望者にアドバイスがあればお願いします。

杉尾さん

事業計画をしっかりと立てることですね!
売上目標や作物選びからではなく、まずは農業の理念から考えたほうがいいですね。
自分は勢いで農家になったものだから、目先の売上にとらわれたり、栽培面でも苦労しました。
「なぜ農業をするのか。」
という、農業経営の理念を先に作っておけば、結果的に遠回りせずに済みますよ。

ナス男(筆者)

取材させていただき、ありがとうございました!

こぼれ話:農業のDX化での起業も視野に

杉尾さん

農業や宿泊業以外に、「SUNABAKO」というプログラミングスクールでプログラミングを勉強しています。
黒枝豆などの出荷選別のAI機能や、畑ごとの収量管理ができる機能を、まずは自分のために作りたいなあと。

ナス男(筆者)

プログラミングにも挑戦されるのですね。
でもすでに、農作業の管理ができるアプリとかはあるのでは?

杉尾さん

おっしゃる通りで、既存の農業アプリも優秀ですし、カバーできることは多いと思います。
だけど個人個人の農家さんに合わせた、かゆいところに手が届くような農業DXサービスがあるといいじゃないですか。
そんな都合のいい農業アプリは、やっぱり自分でプログラミングするしかないわけですよ!
だから最終的には、農業のDX化で起業することを目標にしています。

ナス男(筆者)

現場を知っている杉尾さんが作るから、農家目線の便利なサービスになりそうですね!
期待しています。

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