大学を中退→移住して新規就農
大人気の観光農園の戦略
道化師的な生き方とマインド
今回インタビューした農家は、宮崎県日南市の㈱まるかじり代表の渡邉泰典(たいぴー)さんです。
大学中退→たまたま自転車旅の時に寄った日南市で新規就農→山の上に農地ごと引っ越して移住!
大道芸人でもあるたいぴーさんの、就農までの経緯や大人気のイチゴの観光農園、道化師的な生き方についてインタビューしました!
「神のお告げ」で大学を中退→移住して新規就農?
タイトルの通りですが……
大学を中退して、移住して新規就農というのは、たいぴーさんの他に聞かないですね(笑)
農業に興味を持ったきっかけはなんでしたか?
小学生の時から育った東京で、四年制大学の理工学部の学生をしていました。
創立間もない少人数のインカレサークルに憧れがあって、たまたま見つけて入ったのが、農業系のサークルだったんです。
収穫のお手伝いやファームステイで農家さんと学生を繋ぐことをしていたのが、農業に興味を持ったきっかけでしたね。
もう一つは、大学時代の長期休みを利用して全国を自転車で旅したことです。
東北や北海道、九州など、全国の田舎町や農業に触れたことで、地域の良さや農家という職業に魅力を感じましたね。
大学を中退するまでに、130件を超える色々な農家さんの所に伺ったかなあ。
色々な作物や農業を見て感じたことは、
「畑をキャンバスだとするなら、農家はそのキャンバスに絵を描くアーティストみたいだ。」ということです。
どの作物をどんな栽培でどこに売るのも、全て自分で表現できる仕事って、面白そうじゃないですか!
たまたま農業系のインカレサークルに入って、たまたま自転車旅で全国各地の農業に触れて、偶然が繋がって農業に運命を感じるように。
大学の卒業が近づく頃には、農業に気持ちが傾いていましたね。
なるほど、農業に運命的なものを感じていたのですね。
ただ、大学を中退してまで農家にならなければいけないほどのきっかけがあったのですか?
今となっては時効だと思うので、思い切って白状します…!
欠席したら単位が取れなくて留年が確定するというゼミの実験の日に、寝坊してしまって……(笑)
12時開始の実験で、起きたのが12時だったので……
留年が確定した瞬間は、今でも鮮明に思い出せますね!
ただこの頃には自分の気持ちは農業に傾いていたので、「これは、農業をやれと神様が言っているんだな。」と、寝坊をポジティブに捉えました!
もう一年を大学で過ごすより、すぐにでも農業を始めようと決めたので、中退という決断に至ったというわけです!イェイ!
なるほど、「神のお告げ」を受けたというわけですね。(笑)
でもさすがに、家族からは反対されませんでしたか?
さすがに、家族全員に大反対されましたよ!
特に、広島の島に住んでるばあちゃんは大反対でしたね。
ばあちゃんは漁業の衰退を目の当たりにしてきたので、一次産業じゃなくて、ちゃんと大学を卒業してサラリーマンになってほしかったみたいです。
まあ、当然の意見ですよね。
父には、「どうしても農業をしたいなら、計画書を作ってプレゼンしなさい。」と言われました。
計画書も何も、農業のことは詳しくは分からないから、今見返してもひどい計画書でしたね。
でも最終的には父は自分に賛同してくれて、家族を説得してくれました。
突拍子もないチャレンジの味方ができた時は、泣きそうになるほど嬉しかったですね!
あ、寝坊して単位を落として留年したことは、家族には秘密でお願いします!
修羅場の家族会議を乗り越えて、晴れて農家を目指すことになったわけですね!
ところで肝心の就農場所が、地元東京から離れた宮崎県日南市になった理由はなんですか?
自転車旅の時に通りがかった縁しかなかった日南市なんですけど、農業の師匠になる方も含め、本当にたくさんの方に良くしていただいたんです!
「農業をするなら、日南市だ!」と、迷いはほとんどなかったですね。
転校の多い人生だったので、移住にあまり抵抗がなかったのかもしれません。
知らない土地にも、迷いなく飛び込めるのはすごいですね!
あと気になるのが、やはりお金の面です。
就農当初の資金はどうやって工面しましたか?
移住した当初は、現金20万円しかなかったんです。(笑)
だから、1万円以下で住めるところを探してもらったり、農機は近くの農家から借りたり、家電や車は頂きものですし、……
ギリギリ生存できる環境を、まずは確保しました。
だから、2015年から始めた農業研修の時からいただいていた補助金は本当に助かりましたね!
就農準備資金・経営開始資金:農林水産省 (maff.go.jp)
いやいや、20万円の軍資金って!(笑)
補助金をもらっていたとしても、生活するだけでも厳しかったんじゃないですか?
そりゃあもう、日南市に移住して数年は毎日が必死でした。
だから生活費の足しにするために、夏の農閑期の時は、大道芸で生活費を稼ぎに行ったりしていました。
自転車旅をしていた時に、その場でお礼をしたくて、独学で覚えたバルーンアートや皿回しが役に立ちましたね!
自分でいうのもあれなんですけど、どの会場でもバカ受け!
何回も呼んでもらえる所もあったおかげで、地域に溶け込みやすくなったのかも?
話を聞いているだけでも、よく心が折れずに乗り越えられたなあという感想しか出てきません(笑)
メンタル強すぎじゃないですか!?
わりと平坦な人生を歩んできてしまったことがコンプレックスだったから、というのも大きいかもしれません。
どん底で泥水すする経験も、この先成功した時の武勇伝になるなとポジティブな考えでしたね。
まあ、本格的に移住して農業する前にバイトして少しはお金を貯めとけよ、って話ですよね!(笑)
売り方さえ良ければ、栽培技術はいらないと考えていたが…
色々ありながらも、2016年に晴れて独立就農されたわけですが、独立されてからはどうでしたか?
耕作放棄されていたビニールハウスを購入したのですが、独立して最初にやったことは、ハウス内のゴミを外に出すことでしたね。
同時並行で、ハウスの修繕費と運転資金に充てるためにクラウドファンディングに挑戦することに。
先行予約でイチゴを買ってもらって、イチゴができたらお礼としてイチゴ送るという方法で、100万円ほど支援を受けることができました!
それでも、最初の数か月で資金は底をつきました。
当時、通帳に3万円くらいしかなかったかな。(笑)
先に話した通り、大道芸の稼ぎでなんとか食いつなぎましたね。
作物が収穫できるまでは、通帳の残高は減る一方ですからねえ……
実際に新規就農してから、農業のイメージは変わりましたか?
180度変わりました!
研修を始める前までは、収獲とかの一部分の作業しか見てなかったので、
「味とか栽培よりも、インパクトのある売り方の方が大事だろう!」
と、栽培技術はなくても売れるという、イチゴよりも甘い考えでした。
一年目で曲がりなりにも、クラウドファンディングで先行して100万円売り上げたわけだし、当時から髪をイチゴ色に染めた派手な見た目で直販したり直売所に出していましたね。
栽培技術が大前提で大事だと、どんな出来事で気づいたのですか?
新規就農して2,3年目の直販の売上がだいぶ停滞したことで、考えを改めました。
クラウドファンディングや直売で買ってくれた方に、イチゴをリピートしてもらえなかったことが、目を覆いたくなるほど明確な答えだったんです。
自分のイチゴがおいしくて買ってくれていたのではなく、ただ同情されて買ってくれていたという現実に、嫌でも気づきました。
おいしい作物を育てる栽培技術が大前提であってこそ、売り方も工夫できるんだと痛感しましたね。
当時の経験から、現在に至るまでに栽培技術も磨かれたというわけですね。
話が変わりますが、新規就農された2016年から8年経った2024年現在の農業経営の中身を教えてください。
観光農園のイチゴ1.3反に加えて、ズッキーニが8反、雨よけハウスのピーマンが4反、カボチャが4反、ブドウも2.5反植えて造園中です。
マイナー作物にも挑戦していましたが、今はこの作型に落ち着いています。
労働力は、自分と社員が1名、パートさんが4名ですね。
だいぶ規模拡大されたのですね!
販路はどうですか?
市場や契約出荷、スーパーなどに出荷しています。
就農当初はやっぱりまだ、「インパクトのある売り方をすれば直販でもやっていける!」という謎の固定概念がありました。
市場とかJAとかの王道の農業よりも、みんながやっていないような販路を開拓してやろうというプライドもあって。(笑)
だけど農業をすればするほど、市場やJA出荷のシステムの優秀さに気づかされるんですよね。
スーパー1店舗でせいぜい15個売れれば御の字の作物が、市場であればもっと捌けるじゃないですか。
規模拡大で出荷する量が増えるほど、売り先に困るというのは納得ですね。
栽培する上でのこだわりはありますか?
市場の規格に合うだけの品質のものを作ることは大前提として、なるべく原価を低く栽培することは意識していますね。
うちでは不耕起栽培で、畝を3年以上使います。
例えばズッキーニの栽培では、元肥を撒いて畝立て定植をしたら、うちでは人件費込みで13万円ほど経費がかかります。
それが不耕起栽培であれば、元肥を撒いて畝を作り直すという工程を減らせるので、経費も安く生産ができています。
なるほど、不耕起栽培ですか!
だけど作物によっては、不耕起栽培は収量が落ちるとのデータもありますが……
不耕起栽培によって、通常の栽培よりは収量は落ちているかもしれませんけど、大事なのは売上じゃなくて利益ですよね?
収量が減ったとしても、経費が安く抑えられる分は利益になるのであれば、そちらを選ぶということです。
それに作業工程を減らせれば、うちの看板でもある観光農園に時間と思考を割けますからね。
なるほど!
売上ではなく、全体の利益で経営判断されているのですね!
いよいよ、大人気のイチゴの観光農園の話に入りますか!
大人気のイチゴ観光農園の秘訣
2018年から開園した「いちごがり写真館まるかじり」は、某サイトのお客さま満足度でも、ランキング一位を取られましたね!
イチゴの観光農園を始めるきっかけや戦略を教えてください!
元々観光農園がやりたかったというのもありますが、憧れだけでは数多くあるイチゴ農園には太刀打ちできません。
イチゴの観光農園を分析して、自分の強みを生かして、いかに差別化するかを徹底的に考えました。
そうして作り上げたのが、「家族史上最高の思い出を作る」というコンセプトです。
おいしいイチゴを安定して作る栽培技術も当然磨きますが、美味しいイチゴを食べたいだけであれば、他の農園に行かれるでしょう。
しかしイチゴ狩りを通して、プロの写真家がお客さまの笑顔や楽しい思い出を残してくれる所はありませんからね。
フィギュアスケートに例えるなら、4回転ジャンプを極めるのではなく、お客さまを楽しませるイナバウワーをいかに組み込むかにこだわる、といったところでしょうか。
イナバウワーの例えは、分かりやすいですね!
動画や写真で見ると、お客さまが本当に楽しそうなのが一目瞭然です!
「家族史上最高の思い出を作る」というコンセプトは、具体的にはどこから発想したのですか?
やっぱり子どもが生まれたのが大きいですかね。
ふと妻のスマホの写真フォルダを見せてもらった時に、父親(自分)と子どもの写真ばっかりで、
妻と子ども、もしくは家族全体の写真がほとんどなかったことにピンと来たんです。
1年に1回、お母さんや家族全体の思い出を写真に撮って残すお手伝いができればいいなあと!
ふとした気づきから、深い戦略を立てられたのですね。
いちごがり写真館まるかじりで、印象に残っていることはありますか?
カップルで来た翌年に、結婚して夫婦になって来園されて、その翌年には子どもが生まれて三人で来ていただいたことは、すごく印象的で嬉しかったことです!
自分たちの考える理想がそこにありましたし、自分たちも幸せになれましたね。
素敵なエピソード!
大人気の観光農園なのも納得です。
でも、ここまでノウハウを公開していたら、他の観光農園にマネされてしまうのでは?
むしろ、「切磋琢磨するために、どうぞマネしてください!」って思っています!
ただ中身はマネできたとしても、圧倒的な景色だけはコピーできませんからね。
家や農地ごと山の上に引っ越したのは、他にはない景色のためと言っても過言ではありません!
農地ごと引っ越す農家なんて、ほとんどいないですよ……(笑)
観光農園に関しての、今後の目標はありますか?
イチゴだけではなく、新たにブドウを植えて、2026年に観光農園化を目指しています!
イチゴも、シャインマスカットも、そして楽しい思い出作りも!
ぜひ写真館まるかじりで楽しんでもらいたいですね。
今後の目標や就農希望者に対してのメッセージ
たいぴーさんの今後の目標を教えてください。
今の栽培と写真館まるかじりを改善していくことは、常にしていきたいです。
あと実は今、㈱まるかじりの代表だけではなく、㈱ひじかたという農業法人に自分が関わっているんです。
たとえ未経験の作物だとしても、自分の経験を活かせば、プラスの結果を出せるはず!
農業法人を1から再生することにも、機会があればチャレンジしたいですね!
ものすごい行動力とバイタリティー!
でも、あっと驚く農業で周囲を楽しませている陰では、泣くほどの努力をされていると思います。
そういう、「道化師的な生き方」って、辛くないですか?
うーん、でも周りから見れば、
「計算と戦略で表面上ピエロを演じているだけで、人知れず想像を絶するどん底を何度も努力で乗り越えてきた人!」
みたいに思われているのかもしれません。
たしかに自分の農業人生の中では色々とハプニングはありましたけど、「ただただ目の前の農業に無我夢中で、気がついたらここまで来ちゃった!」という感覚なので、泣くほどの努力をしたとも思ってないんですよね。
他人の反対意見や周囲の反応なんかも、どうでもいいくらい気にならないです。
新規就農希望の方や移住して農業をしたい方にも、「夢中に勝る努力なし」の格言くらい農業にハマればいいんじゃない?と伝えたいですね。
実にたいぴーさんらしいアドバイスですね!
努力の天才だなあ…!
取材させていただきありがとうございました。
「たいぴーほど努力してる奴はいない」みたいに言うの、営業妨害なのでやめてください!(笑)
こぼれ話:山での生活の苦労
山の上に農地ごと引っ越しとは……
景色はたしかに良さそうですが、不便なこともあるのでは?
不便なことしかないですよ(笑)
6.6haの茶畑を開拓することから始めて、栽培に必要な水を貯める貯水池も自分で掘ることから始まりました。
道路や生活用の水源も自分で引いて、苗場のハウスとかも自分で建てて……
整備されてきたと思った時に、台風や土砂崩れが起きてやり直し、なんてこともけっこうあります。
「まあ、建設機械を使えるようになったからいいか。」「YouTubeのネタにすればいっか。」くらいポジティブに笑っていくしかないですね!
生活用水も道路も自分で引いてくるなんて……
平野部では考えられないくらいハードですね。
ちなみに、農地移転にいくらくらいの費用がかかったんですか?
ざっくり初期投資で3500万円くらいだったかなあ。
工事業者からも、「お金が余計にかかるから、山への移転はやめとけ。」と言われましたが、ロマンが勝っちゃったから仕方がない!
自然が豊かすぎる山での生活も、家族で楽しみながら暮らしています!
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