就職面接を蹴って実家の農家へ
法人化して、地域最大規模のミカンと米の生産
人気ポッドキャスト「よるののうか」の裏側
今回インタビューした農家は、和歌山県有田郡の(株)いとうふぁーむ代表取締役の伊藤貴章(いとう たかあき)さんです。
実家の果樹農家に親元就農し、法人化されて地域でも最大規模の柑橘と米の生産をしています。
人気ポッドキャスターでもある伊藤さんに、就農までの経緯、栽培や販路、ポッドキャスト番組「よるののうか」の裏側などを取材しました!
就職面接をキャンセルして農業留学へ!
伊藤さんはどんな学生時代を過ごされましたか?
パソコンが好きだったので、電気情報工学科の高専に通っていました。
実家は柑橘農家だったので、いずれは自分が農業を継ぐことになると考えていましたが、就職してしばらく働いてからの話だと思っていましたね。
まずは社会経験を、という計画だったのですね。
それでは高専を卒業してからは、企業に就職されたのですか?
自分も高専卒業後は企業で働くつもりで、周りの友達と同じように求人枠を探していました。
しかし学校の先生から、「企業と学校との関係上、10年は働いてほしい。」と言われて、急に冷静になってしまったんです。
「特に思い入れのない企業に10年も務めるのって、つまらなくないか?」という感じで。
電子系の企業の面接を受ける予定でしたが、キャンセルしました。(笑)
なんと、20歳にして大胆な決断をされたのですね!
面接をキャンセルした時の、周りの声や反応はどうでしたか?
高専の友達は、自分がミカン農家だということは知っていたので、特に驚かれませんでしたね。
ただ父親には、チクリと釘を刺されました。
「農業を継ぐのを強制したわけじゃないぞ、自分の責任でやれよ。」
というニュアンスで。
まあ当たり前の親子間の事前確認ではあるんですけど、実家の農業をするからには、ちゃんと勉強してから入るべきだと思いましたね。
工業系の勉強だけではなく、農業の勉強も必要だと感じられたわけですね。
そこから実家に入るまでは、どのように過ごしたのですか?
「国際農業者交流協会」という団体で、1年半ほど海外の農業を勉強するプログラムに参加しました。
自分の父親も国際農業者交流協会のOBで、海外の農業を見て回ったという話は聞いていましたし、
自分も勉強せずに実家に戻って農業を手伝うのは嫌だったので、若くて時間のあるうちに、他の果樹栽培も勉強しておこうという考えでした。
農業留学!すごい!
どこの国でどんなことを学んだのですか?
自分が行ったのはアメリカのワシントン州最大規模のリンゴとチェリーの農家で、従業員1000人と季節労働者1000人を抱える超大規模果樹栽培をしていました。
自分の実家の柑橘とは作物が違いましたが、従業員を動かし方や効率的な作業を現地で働きながら学んだことは、今でも参考になっていますね。
日本ではない規模の農場で働かれたのは、いい経験になりそうですね!
留学を終え、2010年に晴れて実家の有田郡に凱旋して農業を始めることになったわけですが、初年度からバリバリ改革をしていったのですか?
いや全く……、ただ親の言われた作業をするだけの生活をしていました(笑)
月に4万円の小遣いをもらって遊んで……
給与が少ないとか、売上がどれだけあるとか、現状がヤバいという認識がなかったですね。
やる気が戻って来だしたのは、徐々に栽培や経営を任されるようになってからですね。
やる気をアメリカに置いてきてしまったのですね(笑)。
しかしそこから2023年には、(株)いとうふぁーむとして法人化もされています。
相当努力されて、利益も伸びていたからということですか?
うちが儲かってるから税金面を考慮して……とかではなく、会社にせざるを得なかったという方が正確ですね。
うちは親戚同士の2軒の農家が、一緒に働いている農園なんです。
今までは話し合いながらやってきていましたが、さすがにお金や働き方に関しては明文化しておいた方がいいと判断し、法人化して自分が代表になりました。
なるほど、体制を整えるという意味合いでの法人化だったのですね。
勉強になります。
自家製堆肥を使った柑橘栽培
現在の栽培作物と規模、労働力を教えてください。
11月~収穫する早生中生のミカン類が5.5ha、4.5月収穫のはっさくが1.5ha、米が3.5haですね。
米の作業委託も、田植えや収穫諸々合わせて10haほど受けています。
主な労働力は叔父と叔母と父と母、自分と従弟がメインで、あとは摘果と収穫の時にパートさんが3人ずつくらい来てもらっています。
サラリーマンでもミカンを作っていると言われるほど有名な有田地域の中でも、かなり大きな栽培面積ですよね…!?
栽培面でのこだわりはありますか?
堆肥を使わず肥料のみで栽培する農家も多いですが、うちは近所の養鶏農家から出る鶏ふんと、もみ殻を合わせた自家製堆肥を使っています。
窒素成分の強い鶏ふんを使うと、ミカンの色づきが遅くなったりするので、出荷期限があるJA出荷をしている農家からは敬遠されがちですが……
そこは腕の見せ所ということで!
地域で有機物を循環して、こだわった肥料を作れるのはいいことですね!
伊藤さんが就農してから、変えていったことはありますか?
ミカンの木が古くなってきているので、自分が改植を進めています。
昔からの農地は2メートル間隔くらいの密植が主流でしたが、作業性や採光性を考慮して、ゆとりがある間隔できれいに整列させることを意識しています。
そうなのですね!
そんなこだわりのある栽培面で、苦労したことはありますか?
やっぱり温暖化によって、従来のミカン栽培ではうまくいかない年も増えてきた印象ですね。
小さいMかSサイズが高い単価で取引されるのですが、温度が高いとミカンがLサイズ以上になって安くなってしまうんです。
また夏が暑すぎると日焼け果になって、中身がスカスカのミカンになってしまったこともありました。
世界的に温暖化の傾向にありますから、どの農家さんも苦労されていますよね。
暑さに対して、どのような対策を考えていますか?
摘果の時期や、実を落とす数を調整することですかね。
大きくなり出して売上になりそうなミカンを、切り落とす場面も増えることは心理的に辛いですけど……
甘くておいしいミカンをお客さまに届けるためには、環境に適応していかないといけませんからね。
JAに頼らない販路とジュースの加工品
販路の話題が出ましたが、(株)いとうふぁーむさんの現在の販路はどんな感じですか?
ミカンに関しては、市場に6.5割、直売所やHP、産直ECで3.5割くらいですね。
うちは農薬散布の回数が少なく、多少のキズで等級が落ちるミカンがどうしても多くなってしまうので、JAには出荷していません。
「ミカンの出荷期限が○○日まで」とJAでは決められているのも、うちの栽培には合わないですからね。
米に関しては、飲食店や近所の方の分で全量売り切れています。
加えてはっさくに関しては、一部ジュース工場に持っていって、「さつき八朔ジュース」として販売しています。
夏の時期はうちには出荷できるものがないので、加工品のさつき八朔ジュースがあるのは、売上以外にもお客さまへの宣伝にもなると期待していますね。
JAに頼らない販路や、六次産業化のジュースまで!
ネットでの販売割合も多くて、すごいですね!
盤石の販路面に見えますが、販路に関して失敗したことはありますか?
お恥ずかしい話なのですが……倒産詐欺に遭いました。
SNSのDMでミカンを料金後払いで買わせてくれと連絡が来て、ミカンを数万円分送ったら倒産したからお金は払えませんと……。
2.3回はちゃんと料金が前払いで振り込みがありましたし、住所も一応存在していたのですが……
安直に信用してしまったことを、今でも後悔しています。
後払いでの料金不払いで逃げるパターン、最低だ。
泣き寝入りしている農家さんも多そうです。
詐欺被害から、どのような対策をしたのですか?
DMでの注文は、以前にも増して慎重になりましたね。
あとは怪しい営業電話は即切る!
農家の皆さんも、本当に気をつけてほしいです。
音声番組「よるののうか」の制作の裏側
伊藤さんと言えば、人気ポッドキャスト番組の「よるののうか」の準レギュラーとしても活躍されていますね!
山本康平さんが始めた番組に、誘われたきっかけはなんでしたか?
元々康平くんとは顔見知りで、ポッドキャストで何やら面白そうなことをしているというのは知っていたんです。
たまたま自分がゲスト出演した2022年に馬が合ったのか、いつの間にか準レギュラーという立場になっていましたね。
山本康平さんに取材した時、「伊藤さんのアドリブの面白さに閃いた!」とおっしゃっていました!
番組制作で意識していることとかはありますか?
特にないというか、企画や台本すら聞かされずにいきなり収録スタートなので、何かを意識する前に終わってますね(笑)。
2024年のポッドキャストスターアワードで最優秀賞にもなりましたけど、自分で編集をしていないから実感があまりないのが正直な感想です(笑)。
いい意味で他人事みたいな感覚なんですね(笑)。
でもやっぱり、ポッドキャストを続けていたらしんどいと思うこともあるんじゃないですか?
自分はぶっちゃけ康平くんの家までドライブして楽しくしゃべるだけという感覚なので、辛いこととかはないですね(笑)。
まあ康平くんは再生回数が伸び悩んだり、きついコメントもらって凹んだりしていた時期もありましたね。
それでも彼はストイックに番組を制作していますし、企画やネタもセンスがあるなあと、身内ながらに思っていますよ。
なるほど。
あと聞きたいのは、康平さんが「オーバーザサンという人気番組に取り上げてもらってミカンが売り切れた!」とおっしゃっていましたが、伊藤さんの所にも反響はありましたか?
おかげさまで自分の所にも、オーバーザサンに取り上げてもらった反響はありましたね。
さつき八朔ジュースの売上がじわじわと増えて、認知度が上がっているのを実感しました。
「よう分からんけど、すごいことやったんやなあ」と思いました(笑)。
ポッドキャストドリームですね!
それにしても音声メディアの発信で農産物が売れるなら、
「もっと再生回数や収益化を意識して、企画や編集も頑張るか!」と欲が出てきたりしませんか?
あ~、収益化とか再生回数とか、そういうのは自分は一切考えていないですね!
だから企画を苦労してひねり出したり、数字で悩むのは御免です!
楽しいから収録に行っているわけで、楽しめなくなれば辞めると思います。
「永遠の準レギュラー」という今の立ち位置が、自分にはちょうどいいんですよ。
なるほど、伊藤さんのゆるいスタンスと山本さんの熱量が、ちょうどよく混ざった番組なんですね!
今後の目標や就農希望者に対してのアドバイス
いとうふぁーむさん全体の、今後の目標を教えてください。
目指せ売上1億円!…と威勢よく言いたいところですが、1億の売上目標が正しいのかはまだ分かりません。
・手元にどれだけお金が残るのか、
・休日はしっかり取れるのか、
・親世代が動けなくなった時に対応できるのか、
売上を増やしていく中で、最適な規模や働き方を見つけるのが目標ですね。
ありがとうございます。
最後に伊藤さんと同じように、親元就農される方にアドバイスがあればお願いします。
休日や給与、そして経営譲渡の時期などを、親とよく話し合って決めることですね。
自分が惰性で働いてしまった時期もあるので、「もっと若いうちから主体的に農業ができていれば」と少し後悔もあります。
やっぱり若いうちから経営者目線で農業を見ることができる人は、成長が早いですから。
参考になりました!
取材させていただき、ありがとうございました!
こぼれ話:農業留学時の語学研修
アメリカでの農業留学に行く際、英語の勉強はされたのですか?
現地に行く前に、1か月の語学研修がカリキュラムにありました。
日常会話などの英会話は学べたので、完璧ではないにしても、生活や農業をする分には困らないだろうと思ってたんですが……
ワシントン州の農園はヒスパニック系の従業員がほとんどで、スペイン語で指示や会話が飛び交っていたんです!
何のための1か月の語学研修だったんだと、軽く事務局を恨みましたね(笑)。
えっ、英語じゃないんですね。
じゃあ現地のコミュニケーションはどうやっていたのですか?
最初はもう、ボディランゲージですよ!
身振り手振りで、なんとなく内容を解釈して仕事をしていました。
ただ1年も働いていたら、スペイン語の簡単な単語やコミュニケーションは分かってくるので、最後の方は慣れてましたね。
今振り返れば、現地の人との交流や同じ海外研修に行った仲間は、代えがたい財産だと思いますね!
若いうちにしかできないような、貴重な経験だったんでしょうね!
海外での農業も、勉強になることはありそうです!
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